サッカー元日本代表の「キング・カズ」三浦知良(55=JFL鈴鹿)から東日本大震災直後に激励を受けた柳瀬夏美さん(27)、石崎柚乃さん(26)ら当時宮古高女子サッカー部2年の同期7人にとって、11年がたった今も「カズ魂」が力強く生きる一助となっている。11年4月17日に岩手県営陸上競技場(盛岡市)で体感した、J2横浜FCのFWとして東北社会人1部グルージャ盛岡(現J2岩手)との慈善試合でゴールに迫る姿や、カレーの炊き出し交流は忘れることのない思い出。サッカーやスポーツを通じた支援もきっかけに将来像を描き、それぞれの道での「キング」となるべく挑んでいる。

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【連載まとめ】「忘れない3・11 あれから11年」東日本大震災、福島原発事故 被災地の今

カズのプレー、カレーを渡してくれた笑顔での握手。学校グラウンドのサッカーゴールが津波で流され、授業も部活動も出来ない心身の苦悩が続く中、少しだけ気持ちが晴れた1日だった。当時、日刊スポーツの取材に「カズさんに会えて超感激」と話した柳瀬さんは11年後、50歳を超えても頑張る姿に「毎年の契約がニュースになるカズさん。今年は(JFL移籍の)新しいチャレンジの話をお聞きし、気持ちの面の強さに、私も元気をもらえる」。携帯電話のカメラで撮影したカズの写真は、いまでも宝物の1つ。「出会えたことが優越感ですし、つながっていられているのかなと思うことが力になっています」と感謝した。

現在は仙台市内で旅行関連の仕事に就いている。「スポーツやサッカーが人の気持ちを動かすことを実感した。(スポーツと観光で地域活性化を図る)スポーツツーリズムで日本全国、世界にかかわっていきたいんです」。ダークツーリズムと称される被災地などを巡る観光の考え方も変えたかった。観光学を学ぶきっかけは、カズや故郷への恩返しの気持ちだった。進学して1人で過ごす恐怖心があり、2歳上の兄と同居出来る都内の大学を選択。初めて宮古を離れて故郷を見つめ直すことで、外からでも岩手沿岸部や東北に還元出来る役割や方法も知った。カズだけでなく、J1鹿島テクニカルアドバイザー小笠原満男さん(当時鹿島)、レガネスMF柴崎岳(同)らが発起人の復興支援活動「東北人魂」で、東北出身Jリーガーと一緒にサッカーをした後の集合写真がパソコン画面の壁紙だ。

発災直後は実家の寺に約200人が避難した。自身も地域のために、おにぎりを握った。13年4月から始まった都内の大学生活では友人との「3・11」の感覚の違いに「どう過ごしたら良いのか…」と悩んだ。遊びに誘われても断った。社会人後もなるべく休みを取って実家に訪れる地元民に接した。「でも、もう11年。忘れてはいけない大切な日ですが、頑張っていることを見せる前向きな日にしても良いのかなとも思えています」。昨年の東京五輪ではサッカー宮城会場に関わる仕事も任され、充実感とともにスポーツへの恩返しも1つかなえた。

親族を津波で亡くした石崎さんも「カズさんに会ったことがあることを自慢しているし、誇り」。昨年からは都内の企業に転職し、就職採用などに関与している。「最近、サッカーボールを買って、彼氏と河川敷で蹴ったりしています」。サッカーに触れることや、一時は見ることさえ怖くなっていた海を巡る旅行が気分転換であり心の支えだ。

小中学校、電子オルガン教室など、幼少期からの仲間でボールを追った高校時代。各地で夢や目標を抱き、突き進む7人。成人式以来に全員で現状報告をし合い、カズ談議でも盛り上がって11年の「3・11」を迎える。そして、「カズ魂」注入からちょうど11年後の4月17日。ソニー仙台とのアウェー戦(ユアテックスタジアム仙台)で、カズが東北の地に勇姿を見せる予定だ。【鎌田直秀】

 

○…結婚や出産も経験している太斎(ださい、旧姓坂下)和泉さんは、1歳5カ月の長女千惺(ちせ)ちゃんにも、震災の実体験を伝えるつもりだ。自身も祖母から聞いた三陸大津波の話が頭にはあったが、過去の津波警報などでも「潮位が変動するくらいと思っていた」と反省。「子どもには実家にある津波で色あせた写真や、動画で実体験として教えたい。風化させずにつなげることが私の出来ることだと思う」と話した。

海岸近くで雑貨店を営む実家は全壊した。デザインを学ぶために進学し、現在は食品メーカーで中鎖脂肪酸油「MCTオイル」のマーケティング業務にも携わっている。公式アンバサダーで元日本代表のシントトロイデンGKシュミット・ダニエルとも意見交換することもあり「またサッカー選手と関われていることもうれしい」。雑貨店は2店舗に拡大し、自身もオリジナルタオル作成やマルシェ実施、デザイナーとの交流などに尽力している。

 

○…佐々木唯さんは社会福祉士の資格を持ち、仙台市内の病院で医療ソーシャルワーカーとして活躍中だ。がんや難病を告知された患者に対し、勤務先とも連絡を取りながら心の悩みを解消。「カズさんにギュッと握り返してもらった手の感覚や、ストレスが緩和されたことを覚えている。私も患者さんの強みを見つけて背中を押したい」。震災後に映画館で地震発生時に震えや涙が止まらなかった経験もある。被災地の保護猫活動をきっかけに愛猫家となり、今は同居する「むぎ」をムギュ~。

 

▽盛岡市で公務員を務める佐藤恵梨子さん 「崩れた日常を部活中は忘れられたし、イベントの高揚感は忘れられません。出来るだけ人の役に立てるように働いています」

▽仙台市の整骨院で院長を務める菊池穂香さん 「誰かの役にたって恩返しが出来る柔道整復師の道を選びました。これからもたくさんの笑顔をつないでいきたいです」

▽宇都宮市の老人ホームに生活相談員として勤務する満山佳奈さん 「震災から11年がたつ今でも『大変でしたね』とねぎらいの言葉をいただくことがあり、自分の知識を地域に還元していくことで恩返しになれば良い」

 

◆宮古市 「本州最東端」にあり、主な産業は自然豊かな環境を生かした漁業と観光業。マダラ、サケ、サンマなどは全国屈指の水揚げ量。観光名所の三陸復興国立公園「浄土ケ浜」ではクラウドファンディングによって、遊覧船が今年7月から運航再開。面積は岩手県最大の1259・15平方キロメートル。人口4万9157人。山本正徳市長。東日本大震災の被害状況は死者517人、行方不明者94人。住宅被害は9000棟以上。