「二刀流」が地域振興の一翼を担う。線路と道路両用の乗り物「DMV(デュアル・モード・ビークル)」が昨年暮れ、世界で初めて四国の東海岸地区、徳島県南部から高知県東部を走る「阿佐海岸鉄道」で営業運行され始めた。同地区は、足を運ぶ観光客にとって通過点にすぎなかった。新たな乗り物の導入後、初のゴールデンウイークを迎える。官民一体となって、観光資源の掘り起こしやPRをしていく。
世界で初めて実用化されたDMVは、徳島県海陽町にある「阿波海南文化村」から「阿波海南駅」までバスモードで道路を走った後、同駅から高知県東洋町にある「甲浦(かんのうら)駅」まで鉄道モードに切り替わる。そこからバスモードに再チェンジ。「海の駅東洋町」を経て、「道の駅宍喰温泉」まで往復運行される。土・日・祝日の1往復は、「海の駅東洋町」を出たら「道の駅宍喰温泉」には向かわず、室戸岬方面へ直行。「海の駅とろむ」まで走る。マイクロバス形式で、乗車定員は21人。
最大の見どころは、約1分の「モードチェンジ」だ。道路から線路へ切り替わる際、前輪のゴムタイヤ前部に格納されていた線路用の金属車輪がレールの上に降り、車体が10度ほどせり上がる。後輪のゴムタイヤ後部にある金属車輪も降りる。後部のゴムタイヤはレールに接している。車体が線路に誘導されると、「ガタン」と音が響いた。
「まさに二刀流です」。阿佐海岸鉄道(本社・徳島県海陽町)の井原豊喜専務(62)は、線路と道路、観光と地域住民の生活、災害時の人・物の運搬という両面で効果があるDMVをこう評した。
同鉄道では5年前、低コストで輸送可能なこの方式の導入を決めた。1988年(昭63)、徳島県と高知県、沿線自治体などが出資する第3セクターとして開業し、92年には年間18万人の利用者があったが、近年は5万人前後で推移していた。かつてJR北海道で実証実験をしていた車体を借り、試運転を重ねた。
「観光資源と公共交通の役割で地域貢献を目指す」と、約16億円を投資。運行開始後、5年平均で現在の約1・5倍の7万5000人の利用客、年間約2億1400万円の経済波及効果を見込んでいる。
昨年12月25日の運行初日から正月明け3連休の1月10日までは、物珍しさもあってほぼ満席。鉄道ファンや家族連れが多かった。その後、新型コロナウイルスの第6波による「まん防(まん延防止等重点措置)」の適用でキャンセルが相次いだが、ゴールデンウイークに向けて持ち直してきているという。
沿線の自治体や地域住民は運行開始に伴い、観光PRへと本格的に動き始めている。高知県側の「海の駅東洋町」ではDMVカレー、もなかなどコラボグッズの販売を始めた。
同町で農業や建設業などを営む、「東洋町特定地域づくり事業バツグン協同組合」の山下龍造代表理事(47)は、その先を見据えている。「DMVだけでは鉄道ファンしか来ない。先々まで持続可能な観光資源を生かすことが大事。海産物、特産のポンカンなど、地元のいい物を掘り起こし、地域経済を動かすための底上げが必要」と強調した。
室戸市、東洋町、馬路村など2市4町3村からなる「高知県東部観光協議会」では、生産量日本一を誇る地元の食材「ゆず」を使った「ご当地グルメ」として3月から売り出した。海鮮丼、バーベキュー、アイスクリームなどに加える。「DMVは観光の足。それと呼応して地元食材をPRし、食で観光の目的地にしたい」と同会では張り切る。
高知で観光というと、桂浜や高知城がある高知市などの県中央部、「日本最後の清流」四万十川が流れ、カツオなどの海産物で名高い土佐清水市がある西部が主力だった。徳島も本州と明石海峡大橋でつながり、うずしおで有名な鳴門市、阿波おどりの徳島市などが中心だった。
コロナ禍で、パック周遊型の観光事業はリセットされた。サーフィンで有名な東洋町をはじめ、キャンプ、釣りなど、「密」を避けられるアウトドアレジャーも高知県東部では受け入れ可能。DMV導入という目新しさも加わる。観光後進地域にもチャンスはある。【赤塚辰浩】
<水戸岡氏「日本の鉄道がオンリーワン化」>
日本の鉄道は、オリジナル車両が目立ち始めた。JR九州の観光列車「ななつ星in九州」などを手掛けた工業デザイナーの水戸岡鋭治氏(74)は、それを「オンリーワン」と称している。「利便性や経済性を重視した単なる移動手段ではなく、手間暇かけた車両の中で飲食やコミュニケーションができ、目的地に到着するまでの大切な時間が豊かだったら、もっと旅は楽しい」と言う。DMVは実用化されるまで時間がかかったが、新たなオンリーワンの仲間入りをしたと言える。
◆DMV(デュアル・モード・ビークル)
線路と道路の両方を走行できるよう、鉄道車両に改造されたバスのこと。旧国鉄が1960年代、赤字ローカル線活性化のために開発。実際に東北本線などで試験を進めていた。
分割民営化後、21世紀に入ってJR北海道が走行試験を進め、07~08年に釧網本線の浜小清水(小清水町)駅発着で試験的に営業運行していた。浜小清水駅からオホーツク海沿岸の藻琴(もこと、網走市)駅までは線路を使用。そこから国道244号などを走って、観光名所を周遊した。
早ければ15年からの営業開始の予定だったが、同社ではその2年前にDMVとは関係なく、管内で鉄道事故が多発した。このため、安全の優先を理由に14年3月で試験運転を取りやめた。同年9月には安全対策と北海道新幹線に経営資源を集中させるため、導入断念を発表。約1年後、資金の投入も困難と判断され、実用化も断念した。ただし、データは外部に提供するとしていた。
DMV構想は、静岡県富士市にあるJR東海の東海道新幹線新富士駅~東海道線富士駅間、群馬県のわたらせ渓谷鉄道、岐阜県の明知鉄道などでもあったが、いずれも実用化には至らなかった。

