衆議院議員選挙区画定審議会(区割り審)が16日、アダムズ方式に基づいた10増10減の区割り改定案を岸田首相に勧告しました。政府は新しい区割りを盛り込んだ公選法改正案を秋の臨時国会に提出する予定です。5都県で合わせて定数が10増える一方、10県で定数が1ずつ減る10増10減。対象となる議員にとっては死活問題で、中立であるべき細田博之衆院議長(78)が繰り返し見直しを求めるなど、永田町は大騒ぎです。細田発言の背景と今後の見通しを探ってみました。

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区割りは2020年の国勢調査の人口を基に定数が変わった10増10減の15都県、人口最少の鳥取2区の2倍を超える選挙区がある北海道、大阪、兵庫、福岡など、過去最多となる25都道府県140選挙区で変更され、1票の格差は最大1・999倍になりました。

悲鳴を上げるのは減員となる10県選出の議員です。中でも滋賀、岡山、山口、愛媛は自民独占区。現職の1人が小選挙区から確実にはじき飛ばされます。例えば4から3になる山口は、1区が重鎮の高村正彦元副総裁の長男正大氏(51=当選2回)、2区が安倍晋三元首相(67)の実弟岸信夫防衛相(63=当選4回、参院2回)、3区が総理総裁を目指し、昨秋、参院から鞍替えした林芳正外相(61=当選1回、参院5回)、4区が安倍氏(当選10回)です。

新区割りでは3区が分割され、宇部市が新1区となったことで、林氏と安倍氏が公認を争って激突する可能性はなくなったとみられていますが、10県で難しい調整が必要になるのは必至です。たまらず声を上げたのが「選挙博士」を自負する細田氏です。行司役で中立でなければならない立場でありながら、総務省から昨年12月、新たな定数配分が報告されると、「地方を減らして都会を増やすだけが能じゃない」と言い出しました。

政治ジャーナリストの角谷浩一氏は「細田さんは安倍さんに留守を頼まれ、7年間、清和会会長として派閥を守った。当選13回の甘利明さん、衛藤征士郎さん、額賀福志郎さんらがいるのに、当選11回の細田さんが昨年11月、議長になれたのは論功行賞です。安倍さんから相談されたのか、忖度(そんたく)したのかは分かりませんが、忠誠心だろうと思います」と話します。

細田氏は党の政治制度改革実行本部長、選挙制度改革問題統括本部長を務め、アダムズ方式の導入を求めた議員立法の法案提出者代表です。16年4月、公選法改正特別委員会で提案理由を説明し、すみやかな成立を求めています。自公両党などの賛成で、原案通り成立した法案の元締が5年後、議長になると、ちゃぶ台返しするのですから、むちゃくちゃです。

「細田さんはもともとおしゃべりなんです。特に選挙制度は専門だから冗舌になる。三権の長は意見があっても言ってはいけないのが大原則です。それを一議員のように発言し続けた」(角谷氏)。ついには「手取り100万円未満の議員を多少増やしたって罰は当たらない」と口にし、騒動が拡大。維新の馬場伸幸共同代表の「絶対罰が当たる」の言葉通り文春砲の直撃弾を受け、炎上しました。

定数増については、内心うなずいている議員が永田町にはかなりいます。国会議員の定数(下院)を国の人口で見ると、日本は米国に次いで少なく、86年の512人をピークに削減が進んでいます。

しかし、政治とカネを巡る問題が絶えず、人口減も進む中、国会議員を増やすことに納得する有権者はほとんどいないはずです。「大体『100万円未満』というのは新型コロナの国民生活への影響を考慮して2割カットしての数字。改正歳費法は参院選までで、8月には元に戻るんですから。三権の長があんなことを言っちゃダメです」(角谷氏)。「第2の財布」と呼ばれる月100万円の調査研究広報滞在費(旧・文書通信交通滞在費)にしても、使途の公開について今国会中に結論を出すとしていたのに、結局、先送りしてしまいました。

10増10減はこれからどうなるのでしょうか。政府は新たな区割りを盛り込んだ公選法改正案を秋の臨時国会に提出し、細田議長の下、成立させる方針です。永田町では加藤勝信前官房長官ら自民党の有志の会155人が「地方の声が届きにくくなる」と見直しを求め、自民党は国対委員長会談で与野党協議会設置を提案しています。

角谷氏は「しばらく総選挙がないことで、この問題はくすぶり続ける。また、この問題があるから簡単に選挙はできない」と話します。角谷氏は10増10減に代わる法案が議員立法で提出される可能性もあるとみています。

◆1票の格差 1962年の参院選で初の訴訟が起こされた。最高裁は76年、格差が4・99倍だった72年の衆院選について「違憲」と初めて判断した。最高裁は具体的な判断基準を示していないが、衆院小選挙区の場合、目安は2倍とされる。2倍を超えると、「すべて国民は法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において差別されない」とする憲法14条に違反すると考えられている。

◆アダムズ方式 09年、12年、14年の衆院選の1票の格差が2倍を超え、「違憲状態」と判断されたことから、是正策として「衆議院制度に関する調査会」(佐々木毅座長)が16年に導入を答申した。第6代米国大統領のアダムズが考案したとされる。各都道府県の人口を同じ数字で割り、小数点以下は切り上げ、総数が289(小選挙区数)になるようにする。人口比が反映され、小数点以下を切り上げるため、人口が少ない県でも2が配分される。20年の国勢調査を基にした今回は各都道府県の人口を46万6000で割った。

◆中嶋文明(なかじま・ふみあき)81年入社。政権交代の可能性を高め、政策本位の政党政治を実現するとして、小選挙区比例代表並立制が導入されて25年たちました。政権交代は1度。1強多弱の政治が続いています。「○○チルドレン」や「魔の△回生」が誕生し、落選した候補者が比例でぞろぞろ復活する制度に、中選挙区制の方がまだマシだったと思ったりします。物心ついたころ、生まれ育った旧新潟4区には「政界のマッチポンプ」と呼ばれた田中彰治がいました。恐喝、詐欺、偽証、脱税で実刑判決を受け、映画のモデルにもなったワルです。田中彰治は中選挙区制だから当選を重ねました。選挙制度にベストはないとつくづく思います。