騎手は腕だけではなく、心も磨いています。新人騎手がデビューし、1カ月半ほどが過ぎました。調教時に黄色のヘルメットをかぶるのが、ルーキーたち。今年は関東で石神深道(18=和田正)、大江原比呂(19=武市)、坂口智康(33=尾形和)、長浜鴻緒(18=根本)の4人が日々トレセン、競馬場で奮闘しています。

今日は長浜騎手を紹介できたら、と思います。青森県出身。根本厩舎に所属する同騎手は2週前の中山で土日4勝を挙げ、現在5勝は同期トップです。

長浜騎手は「(土日4勝は)みなさんに『うまいな』と言ってもらえたりしましたが、たまたまいい位置が取れたり、はまった競馬で勝つことができました。このポジションが取りたいと思って取れたものではないので、考えて、レースを組み立てて勝てるようになりたいです。勝てるときにしっかり勝てるような」と、競馬の難しさを痛感しているようです。

彼の姿勢に根本康広師(68)の教育方針が垣間見えます。長浜騎手は丸山元気、野中悠太郎、藤田菜七子に続く、4人目の弟子。師は彼らの性格を考えて接し方を変えているそうですが、考えは同じです。「背中を押してあげることが大事。若いころはみんな不安なの。ジョッキーは負けるのが当たり前。どんなレースでも思いきって乗れ、と言ってあげないと」(根本師)。現役時にバローネターフで79年春、秋の中山大障害を制し、ギャロップダイナで85年天皇賞・秋を優勝(2着は皇帝シンボリルドルフ)、そしてメリーナイスで87年ダービーを制した御大。レース前は弟子たちの緊張を解き、冷静さを与えるよう心がけるといいます。

事細かに指示は出さない。自身の経験がそうさせます。77年に21歳で騎手デビューした根本師は、厳格な人柄で知られた成宮明光師(71年オークス優勝馬カネヒムロ、84年NHK優勝馬ビゼンニシキなどを管理)との会話を鮮明に覚えています。「どう乗りましょうか、と聞いたんだ。そしたら、逆に言われたよ。『君は僕の言うように乗れるのかい?』って。そりゃそうだって思ったよ」。

後に大レースをいくつも勝つとはいえ、当時は経験の少ない若手。当然、技術も追いついていない。「自分の感性で乗ってこい、ということだと理解したんだ」。しばらくたって、成宮師の真意をくみ取ったといいます。萎縮させず、考えて勝利を目指させる。心を育てる姿勢も大事なんだ、と。

ただ、逃げ馬だけは例外です。78年11月4日の武蔵野S。当時芝2000メートルの開催だった同レースで、デビュー2年目の根本騎手は5番人気ビゼンライデンと逃げ切りを決めました。レース前に、師匠の橋本輝雄師に言われた短い指示が耳にこびりついています。

「後ろを振り向かないで逃げろ」

残り400メートルで手応えが怪しくなり、最後は完全に失速しつつも、1番人気ウインアピールの追い上げを半馬身残しました。「残り150メートルは歩いていた。でも、勝てたんだよ。あれは師匠が自信を持たせてくれた」。要所での的確なアドバイスは鞍上に勇気を与える。言葉の力は偉大です。

話が少しそれました。師匠の根本師と弟子の長浜騎手。世代を超えて、師匠は弟子の思いきりある騎乗を引き出しました。3月26日浦和7Rで、エコロセブンが3馬身差で逃げ切りに成功。根本師は長浜騎手にこう伝えていました。「ゲートを出て、真っすぐ追え。1ハロンしっかり追って、そこから考えなさい」。状況は46年前と同じ。言葉も世代を超えました。同騎手にとって通算2勝目は、鮮やかな地方初勝利となりました。

長浜騎手は師匠の思いを日々感じています。「気持ち的にも楽に乗れている気がします。まだ、どこがいい位置取りか、経験が少なくてわからないところばかりなので。先生(根本師)からは自分の考えを持って乗れるように、と言われています。早く思い通りに乗れるようになれれば」と上を見続けます。

今週から東京開催が始まります。長浜騎手は「東京は直線が長いので、仕かけるタイミング、脚がどれぐらい残っているのか、そこを感じながら乗りたいです。中山と違って、東京は向正面で高低差があるので、どうポジションを取るのか意識しつつですね。(競馬学校生時代に)模擬レースを乗ったときも、馬の息遣い、リズムを考えて乗ったら直線はしっかり伸びてくれた経験があるので」と、実戦を心待ちにします。土日で13鞍に騎乗。減量効果もあってか、デビュー後初の東京開催ながら、たくさんの騎乗依頼が集まりました。数万人の観衆が放つ大歓声を浴び、525・9メートルの直線を先頭で駆けるシーンを早く見たいです。【松田直樹】