全国高校野球選手権は沖縄尚学の初優勝で幕を閉じた。酷暑の甲子園で球児を追いかけた担当記者が、書き残したエピソードを紹介する。

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2年4カ月で仲間の大切さを知り、最後の夏は仲間のために戦った。仙台育英(宮城)は、3回戦で優勝した沖縄尚学に延長11回タイブレークの末、3-5で敗れ、姿を消した。最後の打者となったエースの吉川陽大(あきひろ)投手(3年)は、一塁ベースに頭から飛び込み、立ち上がれなかった。延長11回にも及ぶエース同士の投げ合いに終止符が打たれた。「『やりきった』という思いと、控えの仲間の顔が浮かんで。日本一の景色を見せたかった」。絡み合う思いが涙としてこぼれ落ちた。

8月17日、沖縄尚学に敗れ号泣しながらあいさつへ向かう仙台育英・吉川。左は川尻、右は須江監督
8月17日、沖縄尚学に敗れ号泣しながらあいさつへ向かう仙台育英・吉川。左は川尻、右は須江監督

昨春からベンチ入り。オリックス山口廉王(19)や、明大・武藤陽世(1年)ら投手陣とともに、2年生ながら主戦を担った。須江航監督(42)も「夏のジョーカー的存在」と期待を寄せていた。だが、夏にかけて食欲低下で体重が減少。思うような投球ができなくなり、夏はベンチ外。チームも決勝で敗れ、甲子園出場を逃した。「経験を積ませてもらった春が無駄になった。自分の代わりに(山口)廉王さんや武藤さんがもっと経験を積んでいれば、甲子園に行けたかもしれない。自覚が足りなかった」。先輩たちの涙をスタンドからぼうぜんと見ることしかできなかった。

2度と同じ失敗は繰り返さないと誓った。今年の夏は、今まで以上に食事量を気遣い、ベストコンディションを保った。だが、宮城大会開幕4日前、緩慢なプレーを指摘した須江監督に対し、吉川はふてくされた態度を取った。練習を一時中断し、行われたミーティングで指揮官が涙ながらに訴えた。「昨年の悔しさを忘れたのか。甲子園に行きたいのは俺だけか」。気がつけば全員が涙していた。

8月17日、沖縄尚学戦に先発する仙台育英・吉川
8月17日、沖縄尚学戦に先発する仙台育英・吉川

吉川もハッとさせられた。最後の夏を目前に控え、自分のことで精いっぱいになっていた。それでも、チームメートは変わらずに接してくれた。「仲間に対する態度や扱いっていうのが本当にダメだったので。そんなダメな自分にしゃべりかけてくれたり、サポートしてくれたり。それに気づけなかった自分がいて、本当に仲間は大事な存在ということを知りました」。自分のための夏から、チームのための夏に変わった。

「打倒、仙台育英」。宮城大会から徹底的に分析され、楽な戦いは1度たりともなかった。「自分が成長できたところもありましたけど、厳しい戦いで。『仙台育英を倒す』という根性みたいなのが伝わってきて、本当に苦しかったです」。秋春は宮城を制し、春は東北王者にも輝いたが、夏に勝てる保証はどこにもない。恐怖も襲った。それでも原動力になったのは「みんなを甲子園に連れて行く」という思いだった。

ようやくたどり着いた場所。沖縄尚学戦の前日には、野球ノートに「仲間のために投げる」と記した。次なる目標である「日本一」のために投げ続けたが、夢はかなわなかった。「ふがいなくて、たくさん迷惑をかけてきました。そんな自分を仲間が成長させてくれて、支えてもらった3年間でした」。大切なことに気づいた高校野球人生だった。【木村有優】