恩師の思いを大切に、愛情を注ぐ。15年ぶりに巨人に復帰した桑田真澄投手チーフコーチ補佐(52)がインタビューに応じた。尊敬する藤田元司元監督から受けた教えを語り、これからの指導者像を描いた。良きものは継承しつつ、時代に合わせて柔軟に変えていく。息子のMattを一流に育て上げた「育成論」で、愛情、情熱を込めてじっくりと後進を育成する。【取材・構成=久永壮真】
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巨人桑田が15年ぶりに帰ってきた。1日から東京ドームでキャンプインした主力メンバー中心の「S班」を指導した。「野球って楽しいな、また勝負の世界に入ってきたんだな、選手たちの潜在能力を何とか引き出してあげるにはどうしたらいいかなという思いです」と心を躍らせた。
本拠地での4日間はユニホームを着用する機会はなかったが、パーカの左肩には尊敬する藤田氏が背負った「73」の文字が輝いていた。入団4年目のシーズンからの指揮官。同氏が現役時代に背負った「18」を身につける自身に「エース道」をたたき込んでくれた。「高校を卒業してプロの世界に入ったので、自分の中でいろんなことを確立していたわけではない。藤田さんには『エースとは』『背番号の責任感』とかね。試合においては『最後まで諦めない』というものを一番教えていただきました」。
今でも思い出すことがある。プロ4年目のある日。球速も出なければ、コントロールも定まらなかった。「藤田さんが『今日はリリーフ全員休ませたから』と。『この試合お前にやるから最後まで好きなようにやれ。どうやって調子を上げていくか工夫しなさい』と」。結果は自分でも驚きの完投勝ち。「調子が悪くても、最後まで諦めないで戦うことは大事なんだ」と思った瞬間だった。
考えの未熟さも感じさせてくれた。0-1で敗戦した試合後のミーティング。ナインの前で自身だけがしかられた。納得できず監督室に乗り込むと「『本当にいいピッチングだったな。でも野手も一生懸命頑張っている。お前をしかったことによって彼らが奮起してくれる』と。監督はチーム全体のことを考えての発言だったんだ」と怒られた意味が今では分かる。
注がれた愛情を注ぐ番になった。選手の育成も、子育ても「一緒です」という。自身の息子たちには「失敗を恐れずにいろんなことに何度でも挑戦していく」ことの大切さを説き続けた。次男のMattはミュージシャン、タレントとしてオンリーワンの立ち位置を築いた。野球を続けてほしい気持ちもあったが「Mattの人生なんで、やりたいことに向かって、後ろから背中を押してあげたい。苦難は続くと思いますけど、いつも良き応援者でいたい」と言った。選手へも同じ気持ちで「愛情と情熱と時間がかかります。だから根気良く指導していきたい」とほおを緩めた。
豊富な経験と卓越した指導論を持ち合わせ、将来は指揮官としての期待もかかる。「監督をやりたい人はいっぱいいると思いますし、選ばれないとなれない。選ばれるように自分自身の実力を付けていきたいと思います」と慎重に言葉を並べた。原監督の下、どんな指導者になっていきたいか。「指導者というのは時代とともに変わってくるもの。野球そのものが道具も戦術も進化している。ですから指導法も進化していくべき」。藤田氏の教えを胸に、時代に合わせて変えるものは変えていく。選手に寄り添う桑田流の指導法で一流へと導いていく。
◆桑田真澄(くわた・ますみ)1968年(昭43)4月1日、大阪府生まれ。PL学園から85年ドラフト1位で巨人に入団し、日本通算173勝141敗14セーブ、防御率3・55をマーク。最優秀防御率2度、最多奪三振1度。94年セ・リーグMVP、87年沢村賞。07年には米大リーグ・パイレーツでプレー。08年の現役引退後は、10年に早大大学院スポーツ科学研究科を首席で修了。13年からは東大で特別コーチを務めた。現役時代は174センチ、80キロ、右投げ右打ち。
◆桑田コーチのS班指導 春季キャンプ初日の1日はノックこそ打ったが「まずは選手をよく知るところから」と技術的な指導は行わず、聞き役に徹した。2、3日目には2日連続で菅野から歩み寄られ意見交換。3日目のノックの際に、フィールディングの技術指導を行った。



