大相撲の元大関若嶋津で元二所ノ関親方の日高六男(ひだか・むつお)さんが15日、肺炎のため千葉県内の病院で死去した。69歳。鹿児島県出身。「南海の黒ヒョウ」の愛称で親しまれ、2度の幕内優勝を果たした。アイドル歌手の高田みづえさんとの結婚も話題となった。親方として、小結松鳳山ら7人の関取を育てた。

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私を大相撲の魅力に引き寄せてくれたのが、若嶋津さんだったと言っても過言ではない。小学校に上がったころから、NHKのテレビ中継に夢中になった。一番の推し力士は、細身ながらまわしをとって、粘って、投げて、つっての「南海の黒ヒョウ」。当時学校の担任だった女性教師は熱烈な横綱北の湖ファン。今ではハラスメント的に考えられない発言だが、若嶋津さんが北の湖に勝った翌日、「あなたとは今日は話しません」と告げられたことがあるほど、私の“若嶋津愛”も強かった。校内の相撲大会で「鎌嶋津」のしこ名を付けたのも同教師だった。

13年1月、大相撲担当を襲名。当時は松ケ根親方。松鳳山が横綱撃破、結婚と“金星”を連発してくれたおかげで、堂々と取材で上がり座敷から朝稽古を凝視。私の視線はむしろ、背中をピンと伸ばして格好良く座る親方の後ろ姿だったが…。

ちゃんこをご一緒させていただきながら“若嶋津愛”を直接伝えたこともある。「うれしいね~」「ありがとう」。その時だけでなく「親方~」と駆け寄ると、いつも、この2つの言葉をかけてくれた笑顔が今でも忘れられない。

親方衆と報道陣のゴルフコンペで1度だけ同組になったことがある。もちろん、私は現役時代の締め込みと同じ濃い緑色のポロシャツで参戦。いきなり後ろから「いい色のシャツ、着ているね」と左肩をギュッと抱き締められた。いつも通りの優しい笑顔の一方、テレビで見ていた左下手、前みつなど、力強く相手のまわしをつかんでいた左手を感じた。再び、心をわしづかみにされた瞬間でもあり、あの感触は一生忘れない。【13~14年大相撲担当=鎌田直秀】

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