市川海老蔵(38)が妻小林麻央さん(33)の乳がんを公表した会見を聞いて、ふに落ちたことがあった。5月の歌舞伎座の海老蔵は「寺子屋」の松王丸を演じた。6年ぶり3回目の松王丸だったが、印象ががらりと変わっていた。
松王丸は、恩義ある菅原道真の息子菅秀才の命を救うため、自らの息子である小太郎を身代わりにする。しかも、菅秀才の顔を知っている松王丸が、首実検をすることになる。難役で、中村吉右衛門、松本幸四郎、片岡仁左衛門ら大御所がよく演じている。海老蔵は、6年前に比べて、肝の座り方が格段に違っていた。「でかした、源蔵」と叫ぶ場面。そこには源蔵を通して、親としての小太郎への思いが全身からほとばしっていた。わが子を犠牲に差し出す覚悟の強さ、小太郎が従容として首を差し出したことを知り、抑えに抑えた思いを一気に吐き出して泣き上げるまで、丁寧に演じて破綻がなかった。舞台映えはするけれど、演技が上滑りしがちだった以前の海老蔵ではなかった。
命と向き合った日々が、海老蔵に大きな変化を生んだのだろう。1年8カ月前に麻央さんの乳がんが分かって以来、幼い子供を守りながら、妻を全力でサポートしてきた。これまでマスコミに漏れなかったことを、海老蔵は「奇跡」と表現したが、そのために細心の注意を払ってきた。その間の精神的な負担はかなり大きかっただろうし、悩み、苦しんだ日々でもあったろう。役者ぶりが一段と上がった海老蔵がいい舞台を演じ続けることを、病床の麻央さんも願っているだろう。【林尚之】



