古くから舞台で見ている人がドラマや映画で活躍する姿を見ると、うれしくなってしまいます。最近では、酒向芳(さこう・よし=62)の活躍ぶりが著しい。

2018年公開の木村拓哉主演の映画「検察側の罪人」では殺人事件に絡む癖のある重要参考人を怪演し、ブルーリボン賞の助演男優賞に初ノミネートされました。今年に入っても、NHK大河ドラマ「青天を衝け」で横柄な態度で法外な御用金を要求する悪代官を演じ、放送中のドラマ「リコカツ」では永山瑛太扮(ふん)する自衛官緒原紘一の父親で、時代錯誤の亭主関白ぶりに妻(宮崎美子)から離婚届を突き付けられる元自衛官を演じています。どちらかというと、嫌な役を数多く演じて、独特の存在感を発揮しています。

酒向は吉田日出子、串田和美らがいた「オンシアター自由劇場」の出身です。最初は文学座、青年座、無名塾を受験するも不合格で、自由劇場に辛うじて入団しました。当時の自由劇場は、戦時中の上海で活動したバンドマンたちを主人公にした「上海バンスキング」が大ヒットしていて、酒向も「上海バンスキング」に感動して入団したそうです。それまでは楽器とは無縁でしたが、トロンボーンを買って練習を重ね、88年の「上海バンスキング」の映画版には出演していました。笹野高史、小日向文世は劇団の先輩にあたります。

その後、自由劇場を退団後は自ら劇団を結成したり、シェークスピア劇専門の東京シェークスピアカンパニーに所属したり、下積み時代が続きました。もちろん、舞台だけでは食べていけないので、飲食店の皿洗い、解体作業などのバイト仕事を20代から40代まで行っていました。

転機となったのは、01年の新国立劇場公演「こんにちは、母さん」への出演でした。その後は「藪原検校」「もとの黙阿弥」など新国立劇場の公演によく出るようになり、ドラマや映画でも184センチと長身の酒向を見るようになりました。本人いわく、演劇だけで食えるようになったのは50歳になってからという。

結婚も晩婚で、子供はまだ6歳だそうです。舞台も昨年は「燦々」で葛飾北斎を演じて印象的でした。幼い子供のためにもドラマや映画で頑張って稼いでほしいと思いますが、たまには舞台でも酒向の姿を見たいものです。【林尚之】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「舞台雑話」)