歌手生活50周年を迎えている天童よしみ(67)。「のど自慢あらし」として知られた天才少女だったが、デビュー後はヒット曲に恵まれなかった。だが、持ち前の明るさを常に忘れず、「珍島物語」のミリオンヒットで大ブレーク。今や紅白歌合戦26回出場の国民的歌手となった。「♪なめたらアカン~」のテレビCMでお茶の間の人気をさらい、世代を超えて愛される歌姫に50年の思いを聞いた。【松本久】

★リスタート曲「帰郷」

取材部屋に入ってきた天童は「よろしくお願いします。天童よしみです」と真っ先にあいさつ。そして、記者の目を見て「この50年、いろんなことを経験させてもらいました。本当に感謝の気持ちでいっぱいです。これからも明るく健康で歌い続けます」と力強く“生涯現役”を宣言。「実は今が声の伸びの良さが一番いい。だからレコーディングをいっぱいしたい」とエネルギッシュに続けた。

その言葉通り、新曲を立て続けに発売している。50周年記念曲の第1弾「あなたに咲いた花だから」を1月にリリース。天童らしい王道演歌で「私のスタイルをそのまま届けられる。どんどん気持ちが入っていく曲です」とノリノリでアピールする。9月21日発売の第2弾「帰郷」は逆に“天童らしさ”を封印。従来と異なる軽快なポップスに仕上げた。「新しい『天童よしみ』をお見せする新境地です。51年目に向けて新たなリスタートを切る1曲にもなりました」。

節目の年に発売した好対照な2曲。曲調の幅の大きさは「いろんな経験をした」と語る歌手人生にも重なる。

★たけしは知っていた

子どものころから歌うことが大好きだった。「幼稚園の時、盆踊りで迷子になったんです。普通は母親を呼び出してもらうでしょ? でも、私は『自分が歌った方が早い』とやぐらの上で歌ったんです。すぐに迎えに来てくれました。母は『すごく恥ずかしい』と言っていたけど、私は『もう1曲歌う』とマイクを離さなかったそうです」。

好きなだけでなく抜群にうまかった。プロも参加する歌番組「全日本歌謡選手権」で10週連続で勝ち抜き、最年少でチャンピオンに。「番組は約3カ月もオンエアされていたから、デビューをした時はたくさんの人が覚えていて応援をしてくれた。『無名の新人がデビュー』ではなかったんです」。数年前、ビートたけしに声をかけられた。「『全日本-』の時からずっと覚えているんだよ、と。こちらが分からなくても、意外な方が知っていてくれているんですよね」。

鳴り物入りでデビューをしたのは72年だった。「天童よしみ」の芸名は「天から授かった童=天才少女」の意。期待の大きさが分かるが、思うようには売れなかった。「いろんなタイプの曲を歌えるからスタッフにも迷いがあった。『ロック演歌』にいったり『フォーク演歌』にいったり。うろうろしていました」。

鳴かず飛ばずの約5年をすごして東京から大阪に戻る。夜逃げ同然だった。「誰にも言わず、そっと荷物をまとめるみたいな感じ。夢が破れるっていうか、もう東京に来ることはないと思っていました」。

大阪でも歌ってはいたが、花嫁修業のように料理学校に通い、お茶とお花も習う。「私、料理はまったくできないんですけど、この時に辻調理師専門学校を卒業しているんです。お茶とお花も師範の資格を取りました」と笑いながら明かしてくれた。どん底にいても決して下を向かない、この明るさが天童の持ち味だ。

失意の中、85年に最初のヒット曲「道頓堀人情」と出会う。「初めて聞いた時にすごい曲や、チャンスやと思った。出会いに運命を感じました」。歌詞にある「負けたらアカン」のフレーズに自身の境遇を重ね「この曲で絶対に(音楽界を)制覇する。そう感じたんです」。父義行さん(08年死去)の言葉が今でも忘れられない。「お前のための歌や。歌わなあかん!」。

起死回生のため、全国を回る大キャンペーンが始まった。「北海道から九州まで、スナックを1日に20軒とか、来る日も来る日も回りました。まさに“どぶ板”です。地方では民家に人を集めて工事用ライトで照らされて歌ったこともあります。これが3年ぐらい続いて10キロやせました」。

必死の努力が93年発売の「酒きずな」で実を結ぶ。同曲で紅白歌合戦に初出場。この時、記者会見で言った言葉がこれだ。「長いトンネルからやっと抜け出せたような感じです」。

デビューから21年がたっていた。

★2頭身「魔除け」大人気

だが翌年は紅白出場の声がかからない。返り咲いたのは4年後の97年、韓国・珍島の海割れをモチーフにした「珍島物語」でだ。「最初は何か違う、私らしい歌じゃないと迷いがあったんです。レコーディングの時、ディレクターにも『心が入っていない』と言われました。その夜にNHKニュースで偶然、海割れ特集をしていたんです。歌詞にあることを全部やっていて『これや』と」。詞の意味を理解すると曲の世界に引き込まれた。「翌日の再レコーディングは1回でOKでした」。今や130万枚超のロングヒットになっている代表曲だ。

この年から昨年まで25年連続で紅白に出場。抜群の歌唱力が認められ、日本レコード大賞最優秀歌唱賞を3度も受賞した。女性では天童だけだ。もはや、国民的歌手として不動の地位を確立している。

人気なのは歌だけではない。愛くるしいルックスとキャラクターが注目され、98年に2頭身のキーホルダー「よしみちゃん人形」を発売。「魔よけ」になると女子高生らにブームを呼んで40万個も売り上げた。これ以降、若い女性がコンサートに急増した。

「♪なめたらアカン~」のフレーズで知られるノーベル製菓の「VC-3000のど飴」のCMも同年にスタート。最近ではコーヒー飲料「BOSS」のCMにも出演している。「歌っている時もCMも自然体の自分が受け入れられているようでうれしいです。町中で『なめたらアカンの人だ』って子どもが指さすんです」と楽しそうに明かす。

トップスターになっても「いつも『さぁ、次は何をするか』と新たな分野を探しているんです。向上心の塊? そうです」。常に前を向き続け「歌手である以上、ヒット曲をださないとダメ。絶対に売らないといけない。それが私の使命」と強い口調で言う。

そして最後に付け足した。「ただね、年齢と体重だけはマイナス思考なんです。これは105歳まで生きた祖母が『この2つだけは絶対、他人に本当のことを言ったらいかんよ。いつも10を引くんやで』って言っていたから。これは絶対に守ります(笑い)」。

“年齢と体重以外はポジティブ思考”をモットーに、天童はこれからも歌い続ける。

▼同じ大阪出身の神野美伽(57)

20年に頸椎(けいつい)の手術をして、コロナ禍で仕事もできないダブルパンチの時でした。不安をかき立てられて、歌さえ聞く気になれなかったころに天童さんからお電話をいただきました。「こんな時こそ、美伽ちゃん。自分の歌を聞いてみて」「私はあなたの『男船』を聞きたい。すばらしい歌だから」と言って励ましてくれました。あの電話で初めて私は自分自身の歌に励まされて、これからも歌っていく覚悟を決めました。すごく感謝しています。歌への愛情がとても深く、尊敬する先輩です。

◆天童(てんどう)よしみ

本名吉田芳美。1954年(昭29)9月26日、和歌山県生まれ。5歳で大阪府へ。72年に「風が吹く」でデビュー。85年「道頓堀人情」がヒット。96年の「珍島物語」で日本レコード大賞最優秀歌唱賞。同賞は計3回受賞。紅白歌合戦に26回出場し、紅組のトリを3回務めている。著書に「夢をあきらめないで」など。趣味はクリスタル集め。血液型B。

◆帰郷

天童よしみの50周年記念曲第2弾。いきものがかりの「ありがとう」やポルノグラフィティをプロデュースした本間昭光氏が作曲、松尾潔氏が作詞。9月21日発売。

 
 
よしみちゃん人形
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