トム・クルーズ(59)の日本への愛は、3年10カ月ぶり24回目の来日でも不変だった。
主演映画「トップガン マーヴェリック」(ジョセフ・コシンスキー監督、27日公開)を引っ提げ、18年7月の「ミッション:インポッシブル フォールアウト」以来の来日を果たすと、23日に都内で会見を開き、24日には横浜港大さん橋でジャパンプレミアに参加した。
ジャパンプレミアでは、全長93メートルのレッドカーペットに集結した約400人のファンと、1時間強にわたって交流した。主催者側は、新型コロナウイルスの感染拡大防止の観点から
<1>サイン
<2>握手
<3>写真撮影はOKだが、接近しての自撮りの2ショット
の自粛を参加者に求めたが、クルーズはファンの元に歩み寄り、1人1人に身ぶり手ぶりを交えて語りかけた。NGのはずだったハイタッチや、ファンの自撮りにも快く応じ、投げキッスまで…。英語で語り合った女性ファンも多数おり「I LOVE YOU」と書かれたボードを掲げたり、感激のあまり涙する女性ファンも相次いだ。
クルーズが登場するイベントで、ファンとの交流、ファンサービスが1時間を超えることは“お約束”だ。例えば、13年5月に都内で行われた米・ロシア合作の主演映画「オブリビオン」(ジョセフ・コシンスキー監督)ジャパンプレミアでは、劇中に登場するスカイタワーを模したステージでのあいさつを4分30秒で済ませた。その足でファンに駆け寄ると、1人1人にサインや握手などを続け、ファンサービスは1時間40分に及んだ。
中でも、すさまじかったのが、14年6月の米映画「オール・ユー・ニード・イズ・キル」(ダグ・ライマン監督)の、日本でのプロモーションだ。まず大阪・ミナミの繁華街に午前9時半に現れると、ファン3000人へのファンサービスと、テレビカメラ16台、スチルカメラ25台、マスコミ計80人への取材対応を行った。その足で初めて福岡に乗り込むと、待ち構えたファン7000人と交流し、テレビカメラ27台、スチルカメラ30台、マスコミ計63人の取材に対応した。大阪、福岡を飛行機で回った距離は、計1368キロに及んだ。
それらを経て、到着した東京では、テレビカメラ20台、スチルカメラ50台、マスコミ130人を前に舞台あいさつを行った。1500人のファンから7月3日の誕生日を前に「ハッピーバースデー・ディア・トム」と大合唱されると「今年、最初の誕生日プレゼントだ」と喜んだ。そのまま降壇すると、雨が降る中、1時間半もレッドカーペットを歩き、ファンにサインし、写真撮影に応じ続けた。3都市を駆け抜けたファンサービスが終わったのは、午後9時42分。大阪でのスタートから半日が過ぎていた。
日本を愛するクルーズだが、20年に新型コロナウイルスの感染が全世界に拡大するパンデミックとなり、3年10カ月も来日できなかった。1992年(平4)6月に主演映画「遥かなる大地へ」のプロモーションで初来日してから30年で、3年以上も来日できなかったことは初めてだったという。
いまだコロナ禍は続き、この日、集まったファンも公募で抽せんされた400人と、以前のイベントから比べると大幅に少ない。それでもクルーズは、以前と、ほぼ同じ時間をかけてファンと交流した。人数が少ない分、より濃厚なひとときとなっただろう。その喜びが口からあふれた。
「サンキュー、ありがとう。本当に、皆さんにお会いしたかったです。本当にお越しくださいまして、ありがとうございます。アリガト。私の方が興奮しています。本当にうれしく、特別な夜になりました。すてきな夏を過ごしてもらいたいと思います。日本に戻ってこられて、本当にうれしい。とても特別な思い」
「トップガン マーヴェリック」は、フランスで開催中の世界3大映画祭の1つ、カンヌ映画祭で19日に上映された。同映画祭に30年ぶりに参加したクルーズは、名誉賞「パルム・ドール・ドヌール」を受賞。20日には英ロンドンでプレミアイベントを行い、ウィリアム王子とキャサリン妃と対面。そして世界各国で展開したプロモーションの最後に選んだのが、米国と同日の27日に映画が封切られる、愛する日本だった。
クルーズは、ジャパンプレミアの最後に「来年の夏『ミッション:インポッシブル デッド・レコニング』で必ず戻ってきますし、またその翌年も戻ってきます」と明言した。23年7月14日公開予定の「-デッド・レコニング」と、2部作として公開される第8作(24年6月28日公開予定)を踏まえ、その2作を携え、再び日本に帰ってくると約束した。7月3日で還暦を迎えるクルーズだが、60代になって来日しても、きっと変わらずに日本のファンに接してくれるだろう。次の機会に直接、日本のファンへの思いを聞いてみたい。【村上幸将】



