夢グループの石田重廣社長(63)を先日、インタビューした。自社の通信販売のテレビCMに登場し、いまや全国区の知名度を誇る。独特の口調と純朴な人柄で、視聴者を引きつけている。芸能事務所も手掛け、数多くのコンサートを主催している。CMでは所属の歌手・保科有里と共演。“愛人”とウワサされる名コンビである。

先月末に初の自伝エッセー「いつでも夢を。」(内外出版社)を発表したのを機にインタビューした。約1時間半の予定を大幅にオーバー。実に3時間以上にわたって語ってくれた。巧みな話術で、抱腹絶倒もあれば、独特の経営理論にうなずかされる。

特に驚いたのが、昭和歌謡の大作曲家・市川昭介氏(享年73)が、遠い親戚にあたるという話だ。過去記事や資料にはどこにも書かれていなかった。「初めて知りました!」と言うと、「おじさんですね。別に隠していたわけではありません。祖母の妹の息子です」と明かしてくれた。

市川昭介氏と言えば、都はるみを国民的歌手に育てた作曲家だ。「アンコ椿は恋の花」「涙の連絡船」「好きになった人」「大阪しぐれ」「夫婦坂」など、数々の大ヒット曲を手掛けている。「皆の衆」(村田英雄)「さざんかの宿」(大川栄策)「細雪」(五木ひろし)などヒット曲を挙げると切りがない。「市川」を芸名につけた市川由紀乃も門下生だ。

石田社長は福島県福島市生まれで、市川氏は同市郡山市の出身。私は市川氏を何度も取材したが、福島訛りでしゃべるところは似ているような気もする。2人の逸話が出色で、すでに記事にしたが、補足してあらためて紹介しよう。

野球部だった中学3年の時、中3トリオ(森昌子、桜田淳子、山口百恵)をテレビで見て衝撃を受けた。「同級生がなんでキャーキャー言われるんだ。見てる場合じゃない。自分も歌手になる」と決意。タイミング良く、中3トリオを輩出したオーディション番組「スター誕生!」の福島予選が開催されるのを知り、すぐ応募した。

後日、予選会への参加の案内が届いたが、石田少年はそれを「合格」と勘違いしてしまう。「やった、と思いました。やっぱり、そうか。僕のおじさん(市川氏)の力があったのか。野球はスカウトが全国を回って、有望な選手をチェックしますよね。そうか、僕も(おじさんの親戚として)チェックされていたのか。それで早々に『合格』と来たのか。特待生と同じ。僕もアイドル歌手になれる」と確信した。

日曜日の予選会の前日、学校で同級生に言った。「みんな、ごめんな。僕さ、すぐ東京に行かなければいけない。みんな勉強して、高校受験頑張ってね。早ければ、受験前にデビューするかもしれないから。歌を出しているかもしれないから」。同級生がキョトンとしていたのは、言うに及ばずである。

いよいよ予選会。沢田研二の「LOVE(抱きしめたい)」を歌った。歌い出しで「抱きしめたい」を4回繰り返す。そこで審査員に「ああ、いいです」と言われた。特待生と信じ切っていたので、その場で「ああそうですか。じゃあいつ東京に行けばいいですか。最後までいる必要ないんじゃないですか。だって、もういいですって言われましたよ」と、審査員に向かって言った。

「いいです」は聴くに及ばず、の意味だ。もちろん不合格。「歌の世界はひどい!」と心底嘆いた。月曜日の学校。歌手になると豪語した同級生には「あの世界はばかばかしくて、やっぱり野球だ、野球」と言って乗り切った。

それから半世紀。自ら作詞した保科とのデュエット曲「夢と…未来へ」を7月6日に発売し、歌手デビューする。まさに夢の実現である。【笹森文彦】