シリーズ第1作が公開されて、56年…。「男はつらいよ」の持つ力を、改めて痛感した。1969年(昭44)に第1作が封切られた日と同日の8月27日に“ご当地”亀有で行われた、ファン感謝祭イベントを取材した。当日は亀有駅を降りるなり、作品のロゴが入ったTシャツを着た大柄な外国人男性を目撃。イベントと89年の第42作「男はつらいよ ぼくの伯父さん」の上映が行われる東京・MOVIX亀有へ5分ほど歩く道すがらでも、グッズを手にした人を多数、目撃した。

MOVIX亀有のロビーに入ると、渥美清さんが演じた“寅さん”こと車寅次郎のコスプレをした中年男性が3人いた。互いの存在を確認した3人は、歩み寄り、熱く語り合っていた。会場のシアター9に入ると、観客で埋め尽くされていた。寅さんコスプレをしている人の数は、さらに増え、目視した限りでも大人だけで10人程度おり、子どもも数名いた。

主演の渥美清さんが亡くなったのは、96年8月4日。今年で没後29年となる。渥美さんが演じる寅さんの、過去のシリーズ映像を4Kデジタル修復したものと、新撮した映像を組み合わせて製作された、シリーズ50本目の19年「男はつらいよ お帰り 寅さん」の公開からも、6年が経過している。それでも、なお、これだけイベントに熱がこもる。寅さんは、確実にファンの心の中で生きているのだ。

中高年の観客は多かったが、若いファンも少なくなかった。質疑応答で質問した1人の男性は「自分にとって『男はつらいよ』は青春。去年、大学受験をやっていた時に、見てしまったばかりに勉強もせずに“聖地巡礼”で柴又に行ったり」と、山田洋次監督(93)に向けて熱く語った。さらに「島根県の温泉津に行き(寅さんの妹の)さくらさんが劇中で『この街、良い街ね』と言った場所に、自分も立ち『確かに良い街やな』とヘラヘラしていた」と満面の笑みを浮かべた。

日々、映画の現場を回っていても、若返りが進み「男はつらいよ」のタイトルこそ知っていても、実際に見たことがない、と口にする関係者は少なくない。恐らくは20代前半であろう男性と「男はつらいよ」との接点は、どこにあるのだろう? と思っていたら、男性は「毎週土曜日の再放送を見ていた」と口にした。

BSテレ東では、シリーズ50周年を翌年に控えた18年10月から「やっぱり土曜は寅さん!」と題してシリーズ全作を放送。24年10月からは「やっぱり土曜は寅さん! 4Kでらっくす」と題し、4Kデジタル修復版全50作の一挙放送を展開している。

24年7月に、山田監督が第14回衛星放送協会 オリジナル番組アワード授賞式で特別表彰を受けた壇上で、倍賞千恵子(84)が演じた寅さんの妹さくらの夫博役の前田吟(81)は、BSテレ東での放送が新たなファン層を開拓していると強調した。同6月に東京国際フォーラムで行われた「『男はつらいよ お帰り 寅さん』シネマ・コンサート特別公演」を振り返り、公開時に映画館で作品を鑑賞していない30~50代のファンが多数、駆けつけたと説明。「やはり衛星放送で、地道に放映してくださったおかげで、ファンがドッと増えた。ありがたい」と感謝。その上で「映画とは違った意味で、テレビのお客さんは力がある。昭和の時代にコツコツと順録りで、手作りでしっかり撮って、山田さんの心がこもっている。令和の若者に、山田洋次監督の心が、ものすごく伝わったような気で感動した」と感激した。

山田監督は、22年4月8日に都内の葛飾柴又寅さん記念館と山田洋次ミュージアムで行われたリニューアル式典で、次のように語った。

「寅さんのような稼業の人…優しく、複雑な人間関係を処理する人が育つためには、どのような環境が必要かという課題を解決するために、そういう問題こそ考えられるような記念館になって欲しいと思っております」

現代は寅さんのような人が生きにくい、生きられない時代であると示唆しつつも、現代だからこそ、人情あふれる寅さんのような存在が必要だと訴えた。シリーズ55周年を記念して発行されたリーフレットに寄せた文章にも、次のようにつづっている。

「寅さんは困難な時代でこそ光り輝き、人々を救ってくれるスーパーヒーローだとすれば、暗く、重苦しい今の世の中にこそ逢いたい人物ではないだろうか。弱った人間を励ます時に、寅さんは的確にその人を慰める言葉を持っている。『おい青年!』『労働者諸君!』と呼びかける時、<日本の未来は君たちにかかっている>という期待を込めて励ましている。その言葉の根底には、<自分はだめな人間だ>という想いがある。『お前は俺と違うんだぞ、立派なんだぞ』と、低い位置から応援している。そんなだめな男の破天荒な言動に、周囲の人々は『馬鹿だねぇ』と笑い、呆れながらも、寅さんを愛していく」

ファン感謝祭イベントで、大学受験そっちのけで「男はつらいよ」にはまったという男性も、恐らくは寅さんの「おい青年!」という言葉に背中を押されたのだろう。そして、駆けつけた中高年の世代は、いまだに寅さんから生きる希望、エネルギーをもらっているに違いない。

「男はつらいよ」を見たことがないという若い世代にも、古い映画とは言わず、第1作から見て欲しい。一見、メチャクチャに見える寅さんの一挙手一投足からあふれる人情、人間への愛から、エネルギーをもらえるはずだから…。【村上幸将】