女子テニスの大坂なおみ選手(22=日清食品)が23日に米ウィスコンシン州で起きた警官の黒人男性銃撃事件に抗議し、27日に予定していた全米前哨戦の「ウエスタン・アンド・サザン・オープン」の女子シングルス準決勝を棄権する声明文を自身のSNSに投稿した。その後、大会運営側は試合の1日延期を発表。大坂選手はWTA(女子テニス協会)とUSTA(米国テニス協会)と協議の末、棄権を撤回し、準決勝への出場を決めた。

いまだ根深い黒人差別問題。今回の行動は、思いつきやパフォーマンスではなく、本気でこの差別問題に取り組んでいることを身をもって証明したのだと感じた。大好きなテニスの準決勝を戦わないと決断してでも、伝えたかったことが彼女にはあったのだと想像できる。もし、僕が準決勝と同等の価値がある試合を前に、自分の信念を貫きたいと思う出来事が起きたとき、そのアクションを本当に取ることができるのか考えさせられた。

以前、大坂選手は「アスリートは政治に関与してはいけない、ただ人を楽しませるべきだと言われることが嫌いです」と発言したことがあった。これは、まさに今、僕が直面していることでもある。「サッカー選手はサッカーだけしていろ」。そう言われ続けてきた。

近年、SNSで多くの選手が「自分の考え」を発信し始めたことによって、今までよりは多少変化があるように思える。しかし、問題はSNSで「自分」を発信することはできるのだが、「サッカー選手はサッカーだけしていろ」と言われる時代が長かったせいで、選手は過去の自分のことしか発信ができない。自分の思考や言語が社会とかけ離れてしまい、サッカー以外のことに興味を向けられないことに問題がある。

差別はいじめ大国ニッポンにとって対岸の火事ではない。僕はサッカー選手としてプレーする傍ら、いじめ問題撲滅にも取り組んでいる。「いじめ相談窓口」として自分のツイッターのダイレクトメッセージ(DM)を開放しているが、いじめを受ける当事者からの声で最も多いのは、いじめられる理由がわからないということ。もちろん全てではないが、いじめの多くは「気に入らない」という感情だ。見た目やしぐさなど表面上で人を判断し、こいつは傷つけてもいいというスイッチが入る。いじめを受けている人の多くは、言われもない誹謗(ひぼう)中傷に悩んでいる。そんな内容のDMが、ほぼ毎日、僕のSNSのアカウントには届いている。

差別なんてしたことがないという人も多いと思うが、差別のスタートは偏見で始まる。僕もブラジル時代、信頼関係を構築するまでは差別を受けた。それは日本という国への偏見から始まっていた。プレー中にパスが来なかったり、完全なアフタータックルで削られたこともある。しかし、それは差別とは違う。本当の差別はピッチ外で起きていた。

日本人はお金を持っていて何でもお金で買おうとする。彼らには、そんな認識があったのだろう。僕のところにいい顔をして寄ってくるブラジル人は皆、それが目当てだった。お金を貸してくれ、サングラスを貸してくれ、洋服を貸してくれ、気がつけばひとつも僕の手元に戻っていたものはない。僕らは生きていく過程の中で、事の大小にかかわらず偏見を受けるし、偏見で目を曇らせるときもある。今回の大坂選手の行動は、スポーツ選手にとって大きな行動転機になると考えている。

もし、自分に息子や娘がいたとして、その子がいじめや差別にあったら僕はJリーグの試合をボイコットするだろう。公私混同だと批判を浴びるだろうが、これは私的な問題ではなく、社会課題だと考える。誰かが声をあげるだけでなく、適切なタイミングで行動に移せるかどうか。僕らは自分の人生を生きていると同時に、他人の人生とも交わっている。差別やいじめをなくしていくためには、言葉から言動に変え、時には自らが矢面に立つことも必要だ。

大坂選手は「私はアスリートである前に、黒人女性です」と言っている。僕らは何者でもない。1人の人として必ず何かの当事者なんだ。未来をちゃんと残すために、社会課題から目をそらさず、自分にできるアクションをしていきたいと思った。正解はない。だからこそ立ち止まるのではなく、動いた先に起きる現象と向き合っていくことが大切なんだと教えられた。(ニッカンスポーツ・コム/サッカーコラム「0円Jリーガー安彦考真のリアルアンサー」)

◆安彦考真(あびこ・たかまさ)1978年(昭53)2月1日、神奈川県生まれ。高校3年時に単身ブラジルへ渡り、グレミオ・マリンガとプロ契約も、けがで帰国。03年に引退も、18年3月に練習生を経てJ2水戸と40歳でプロ契約。出場機会を得られず19年に旧知のシュタルフ監督率いるYS横浜に移籍。開幕戦のガイナーレ鳥取戦で途中出場し、ジーコの持っていたJリーグ最年長初出場記録(40歳2カ月13日)を上回る41歳1カ月9日でデビュー。175センチ、74キロ。