国際サッカー連盟(FIFA)カウンシルメンバー(理事)の田嶋幸三氏(68)によるW杯北中米大会「多事争論」。98年フランス大会以来28年ぶりの本紙評論〈第4回〉は、日本と「王国」ブラジルの差、世界の壁、日本と新しい景色=8強の距離を測る。代表監督に立候補した本田圭佑(40)の指導者ライセンス問題にも、個人的に議論を重ねてきた立場で代弁した。【取材・構成=木下淳】
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決勝トーナメント1、2回戦が終わり、準々決勝に突入した。悔しいが、日本は本気のブラジルに逆転負け。まだまだやらなければいけないことがたくさんある。そう教えてもらった。協会として、このW杯を教訓に克服していくため、短期、中期、長期で何をすべきなのか思い知らされた。
おごりではなく、気持ちでは王国と対等に戦えるようになった。90分間は1-1で推移。ショートカウンターで先制して前半はゼロに抑える、森保監督が描いたプラン通りの展開になった。彼だから、ここまで来られた。感謝している。ただ、選手の口から「個の力の差を感じた」と出たことが全て。戦った者には分かる。後半に入って、じわじわ守備ラインが下がり、ボールへのプレッシャーが全くかからなくなった。まだまだ世界との差はあった。
組織としては、冨安選手と堂安選手が連動してビニシウスを抑え込んだ。一方でブラジルを破ったノルウェーだが、特に組織立っていたわけではないけれど、皆が欧州の主要リーグにいるて1対1に強かった。冨安選手が「2人がかりではなく1対1で止めないと」と語った通り、日本の良さである組織力には自信を持ちつつ、まだ鍛えないといけない部分も再確認した。
新しい景色を見る、ベスト8に入る力はあったと今でも信じているが、まだ最高の景色=世界一には届かない。知れば知るほど己の無知に気付くというか、本当にサッカーは奥が深いと思う。身体能力、技術の高さにも明らかな差があったし「世界に追いついた」とか「強くなった」とか、軽々しく言ってはいけないと改めて、突きつけられた。
他国に目を向ければ、何と言ってもハーランドだ。ブラジル対ノルウェーは0-0で、ブラジル対ハーランドは0-2で勝ち、という内容。改めて「個」のすごみ、違いを感じた。ブラジルのセンターバックは、今季の欧州CL決勝に残ったパリSGとアーセナルの正選手だったが、その上から。別次元の存在だった。
言うまでもなく、決定的なストライカーがいる国は強い。メッシ、エムバペ、ケインが前評判通りに決めてチームを勝たせている。我々も、エールディビジ(オランダ1部)で得点王に輝いた上田綺世が伸びてはいるけれども、もっともっと、と痛感する。世界クラスは育成できるものではなく、出現を待つしかない。大谷翔平選手のような才能をスカウティング、リクルーティングする仕組みも協会が確立していかないと。
メキシコ対イングランドも死闘だった。退場者を出したイングランドが逃げ切った。プレミアリーグは、とても負荷が高く、けがも多い世界最高峰の強度で知られるが、あの表情、執念は、まさにプレミアでもまれたものだろう。要塞(ようさい)の異名を取るアステカスタジアムで、開催国相手に、数的不利でも猛攻を耐え抜けた要因だろう。
日本は毎大会、ターンオーバーして主力の負荷を軽減してきたが、イングランドに限らず、強国は毎試合ほぼ同じ選手が出続けている。主軸は絶対に先発し、途中出場も含めれば休みなし。あのタフさ、テンションを養う必要性も感じる。
世界一に再挑戦するために、日本国内では、本田圭佑選手が代表監督に立候補したと聞いた。実は、もう何度も彼とは話し合っている。確かにJFA Proライセンス(旧S級)を取得する気はないが、彼の意として誤解してほしくないのは、ライセンス自体「必要ない」と言っているわけではない。むしろ、育成の指導者は勉強して絶対に資格を取得しなければいけない、と言ってくれている。
ただ、トップのプロや代表の監督は、結果が出なければクビにされて入れ替わる世界。そこにライセンスは必要ないでしょう、MBAがなくても経営者になれるでしょう、が彼の論理。(18~23年に)カンボジア代表のGMになって、有資格者を登録上の監督に据えて、実質的に指揮したことがあった。実際、やれないわけではない。西ドイツの皇帝ベッケンバウアーさんも同様、かつてはライセンスを持っておらず「チームシェフ」という肩書で指揮した例がある。86年メキシコ大会で準優勝、続く90年イタリア大会で優勝。資格がなくてもチームを率いて結果を出した歴史はある。
しかし、自分はずっと指導者養成畑にいたから確信している。指導者のレベル全体を上げた中からこそ、突出した監督が出てくることを。ライセンス制度は絶対に必要だと思うし、必ず持つべきだと思う。本田選手にも、ぜひ取得してもらって早く監督になってもらいたい。全ては、最高の景色のために。今後も議論を深めていければ。(FIFA理事、JFA名誉会長)
◆田嶋幸三(たしま・こうぞう)1957年(昭32)11月21日生まれ、熊本県苓北町出身。5歳の時に東京都世田谷区へ転居。6歳の時に64年の東京五輪を見てサッカーを始める。浦和南高では主将FWとして75年度の全国選手権で優勝。筑波大4年時に日本代表入りし、国際Aマッチ7試合1得点。卒業後は古河電工へ。同期に岡田武史氏。83年に引退し、ドイツ留学。現U-17W杯の日本代表監督から02年に日本協会の技術委員長。JFAアカデミー福島の創設に携わる。専務理事、副会長を歴任し16年に第14代会長。2期8年を全うして名誉会長。15年からFIFA理事(現名称はカウンシルメンバー)。


