ワールドカップ(W杯)北中米大会に、ドイツの大手サッカー代理人事務所「Sports360」所属の日本代表選手が5人出場した。同社でエージェントをしている龍後昌弥さん(34)が初の著書「最強の代理人」(KADOKAWA)を刊行。このほど取材に応じ、代理人としての原点やその矜持(きょうじ)などを語った。(取材・構成=佐藤成)
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今回の日本代表26人のうち、欧州組は23人を占めた。選手だけでなく、指導者や分析官などさまざまな日本人サッカー関係者の海外挑戦は加速。龍後さんは日本人としては珍しくエージェントとして、ドイツを拠点に世界のトップたちと渡り合っている。
自身が担当するのは、MF久保建英(25=レアル・ソシエダード)、DF菅原由勢(26=ブレーメン)、FW小川航基(28=NECナイメヘン)、瀬古歩夢(26=ルアーブル)、FW塩貝健人(21=ウォルフスブルク)の5人。W杯後にはMF鎌田大地(29=クリスタルパレス)も加わるなど、龍後さんは「最強の代理人」として日本サッカー界を最前線で支える存在として奮闘している。
代理人と聞くと一般的に選手を移籍させて手数料を稼ぐ黒幕を想像するが、龍後さんのスタイルは全く異なる。「伴走者」として、徹底的に選手と向き合って、ともに高みを目指す。成長のプランを共有し、必要な支援は惜しまない。綿密なコミュニケーションを図って時にはメンタル的なサポートもする。
その原点は高校時代までさかのぼる。
「高校生の時に少年サッカーの指導を始めました。在学中に同じ高校生のコーチをすることになり、大学時代もやっていました。最初はトップダウン方式でしたが、途中でこれではいけないなと思うようになって、寄り添うようなスタイルができあがってきました」
5歳から9歳まで父親の仕事の影響で米国サンディエゴで過ごした。代理人として重要な、自分の主張をする姿勢はこの頃から身についていた。大学時代にはイギリスへ留学を経験。世界最高峰のプレミアリーグを観戦するなかで代理人業への関心を高めた。1度は大学時代から働いていたスタートアップの企業に就職するも、サッカーへの情熱は冷めず、日本の代理人事務所に転職する。
世界の一線で戦う選手たちに感化され、「自分も世界で戦いたい」という夢を追い、23年5月にドイツへ渡った。ケルンに本社を構える大手代理人事務所「Sports360」に入り、現在に至る。
移籍交渉だけやっていれば良い時代は終わり、その役割は多岐にわたる。メディア対応、マーケティング戦略、シェフの面接から雇用、トレーナーのあっせんなどあらゆる角度から選手を支援する。
「主役は選手。彼らが自己実現したい未来を共に描いていくのが我々の仕事です。伴走者として、いいパートナーでいて、目標を一緒に歩んでいくというのが大事なことだと思います」
担当選手の試合や練習、時には自宅も訪ねて回る。クラブの強化担当者らとのコミュニケーションも欠かさない。1年の半分以上は出張で、車の走行距離は年間7万キロを超えるという。
「菅原選手とは、チームの練習後にパーソナルコーチと3人で近所の街の公園でクリア対応の練習をしたこともあります。冬で気温マイナス2度とかで。サッカー少年が隣でボールを蹴っていて、勝負しようぜとか言われたり(笑)」
21歳でW杯メンバー入りを決めた塩貝については、日本でもプロ経験がないまま、海外挑戦していることもあり、メンター的な役目も果たす。ピッチ外の生活面でも親身に相談にのり、ともにここまで駆け抜けてきた。昨年10月には3日間の緊急合宿を張ったのも良い思い出だ。
当時の塩貝は、日本代表に選出されずU-21日本代表からも漏れた。W杯まで時間がなく、焦る中で、代表ウィークにできた4日間のオフに龍後さんを頼ってきたのだった。
「彼が『なんとかしたい。この4日間をやって良かったなと思える時間にしないといけない』と言ってきました。僕の自宅に泊まり込み、午前は事務所のジムで筋力トレーニングをして、午後は近くのグラウンドにドイツ体育大ケルンの学生を呼んでボールを使った練習をしました」
龍後さん自身も指導者経験を生かしてボール出しやDF役を買って出た。走り込みのメニューでは塩貝から「龍後さんもやるでしょ?」とあおられてともに走ることに。徹底的に向き合う「伴走」の姿勢が選手に信頼感を与える。
自宅合宿明け1発目のフェイエノールト戦で塩貝は途中出場から2得点の活躍をみせる。日本代表のエースFW上田綺世がいる対戦相手に、爆発したのだった。現地観戦した龍後さんは心震えるものがあった。
「フェイエノールトの関係者席で見ていたのですが、思わずガッツポーズしてしまい、気まずかったですね(笑い)。2点目のロングシュートを決めたときには、ベンチから小川選手がダッシュで塩貝選手のところに向かっていて、そういう絆を見るのもうれしかったですね」
欧州の最前線で戦う代理人は希少。龍後さんを慕って、多くの日本人選手が事務所に移籍してきた。
同著を刊行したのは「日本のサッカーに少しでも貢献出来るように」という思いがあるからだった。代理人の視点でグローバルスタンダードを伝えることは、欧州で活躍する日本人サッカー関係者を増やすために重要な要素だ。だからこそ、選手の移籍に関する駆け引きやトラブル、失敗や成功例といった裏話を本文では赤裸々に明かしている。
「日本サッカーのためにという思いからです。選手たちはグローバルになっていますけど、僕らのような存在も世界と対等に渡り合える存在になっていかないといけない。次世代が何かのヒントになればいいなと思いますし、内容は全て選手たちに公開していいのか確認を取りました」
代理人らしからぬ代理人。唯一無二の伴走者として、担当選手の成長だけでなく、日本サッカー界の発展を心から願っている。


