パラ陸上男子走り幅跳び義足クラス(T63=片大腿(だいたい)切断)の元世界記録保持者、山本篤(42=新日本住設)が27日、兵庫・神戸市内で引退会見に臨んだ。

競技を始めてから約22年。山本は「陸上は、僕にとって人生を楽しくする遊びだった。楽しく遊んで、いろんな人に応援してもらえて、いい陸上人生を歩んでこられた」と振り返る。

25日に閉幕したパリ・パラリンピック予選を兼ねた世界選手権で5位入賞。ただ「世界との勝負の中でのひとつの指標」とする大会で納得のいくパフォーマンスはできず、その日の夜に進退について思案した。

家族に相談した際には、子どもから「まだやめちゃいけない。走ってる姿、跳んでる姿を見たい」と何度もせがまれ、会見前日の夜にも「嫌」と納得はしてもらえなかった。加えて、今夏のパリ・パラリンピック出場の可能性も残っている。それでも「自分自身が可能性を見失ってしまった」と自ら線を引いた。

08年パラリンピック北京大会では、走り幅跳びで銀メダル、100メートルで5位入賞を達成。世界選手権でも2度頂点に立ち、16年の日本選手権では当時の世界記録となる6メートル56を記録。パラ陸上界のトップに君臨し続けた。

活躍は陸上だけにとどまらなかった。18年平昌冬季ではスノボーでもパラリンピックに出場。「二刀流」アスリートとしても注目を集めた。

多岐にわたって挑戦を続けた理由は、同じ境遇の人に「義足になっても楽しむ方法はあると伝えたい」からだった。

自身は、高校時代にバイク事故で左大腿(だいたい)部を切断。以降、義足をつけて陸上の練習に励んできたが「陸上しかやっていなくて『あの人はたまたま陸上でうまくいったけど』と思われると、いろんなことにチャレンジしようという気持ちにはならない。でも、僕がいろいろチャレンジすることによって、その人自身もチャレンジしていいんだという気持ちになってもらえたらすごくうれしい」。

その思いを、挑戦する姿で示し続けてきた。そんな山本は、現役から退いても、チャレンジは続けていく予定だ。

「ゴルフをもう1度全力で取り組んでみたい。今後の僕自身のチャレンジは、ゴルフ」。陸上の指導者を務めるとともに、アスリートとして、ゴルフでの世界大会出場を目指し挑戦を続ける。【竹本穂乃加】