オリンピック(五輪)を初めて現地で取材したのは1992年の冬季アルベールビル大会だった。極寒の夜の開会式で見た眩(まぶ)しい光景は、今も私の心に強い光を残している。
東西冷戦終結後、夏冬通じて初めて開催された五輪だった。56年ぶりに統一チームを結成したドイツ、EUNという1チームで参加したロシア、ウクライナなど旧ソ連勢の入場に祝福の大歓声が湧き起こった。「平和の祭典」の力に圧倒された。世界を分断していた壁が取り払われて、誰もが人類の未来に明るい希望を抱いたのである。
あれから10度目の冬の五輪が開幕した。ミラノ・コルティナ大会の開会式では、世界中の平和活動家が五輪旗を持って入場し、反戦の詩が読まれ、戦火から出場したウクライナ選手団にひときわ大きな歓声が注がれた。そこで見たのは34年前とはまったく違う、人類の未来への危機感と平和への祈りであった。
ロシアによるウクライナへの侵攻、イスラエルのパレスチナ自治区ガザへの爆撃、米国第一主義を掲げる大国の圧力……世界情勢は一変した。国連の五輪休戦決議はいざ戦争が始まると何の効力もなかった。戦火の五輪は崇高な理念と、現実との乖離(かいり)を浮き彫りにした。それでも人種も文化も異なる92カ国・地域の若者たちが一堂に集う場が今もある。有事だからこそやめてはいけないのだ。夜空に赤く燃える聖火を見ながら私は思った。
昨年5月、茶道裏千家の前家元の千玄室さんを取材する機会があった。当時102歳。亡くなる3カ月前だった。海軍の元特攻隊員だった彼は戦後、一盌(いちわん)のお茶を持って70年間で60カ国以上を訪問し、平和を広める活動を続けた。その理由について彼はこう語った。
「お茶はどんな場合でもどんな場所でも入っていけます。だから危機的問題や状況を抱えている時こそ“その前にお茶をどうぞ”ですよ。一息つく“間”が大切なんです。トランプ大統領のような方にこそ“お茶をどうぞ”と差し上げたい。一盌のお茶で差別区別がない世界をつくらなければと思っています」。夏冬で2年に1度開催される五輪も同じだと思った。
開会式では34年前とまったく変わらない光景もあった。それは選手たちの期待に満ちた純真な笑顔である。それが平和の祭典に残った唯一の希望の光に見えた。個人的にはアルベールビル大会で同じ光景を見たフィギュアスケートの鍵山正和さんの息子(鍵山優真)や、スピードスケートの野明(旧制上原)三枝さんの娘(野明花菜)の出場が感慨深い。五輪を開催する意義とは何か。その答えを彼ら、彼女らアスリートたちが、フェアでひたむきな姿で示してくれるに違いない。【首藤正徳】(ニッカンスポーツ・コム/スポーツコラム「スポーツ百景」)


