オリンピック(五輪)はときに非情で冷酷だ。
ミラノ・コルティナ五輪のスノーボード・ビッグエア女子決勝で、岩渕麗楽が大技1440(4回転)に失敗して、雪上に激しく体を打ちつけた。3回目のジャンプに勝負をかけたが、五輪の女神はまたしても彼女にほほ笑んでくれなかった。中学1年でプロに転向した天才少女は3回目の挑戦も、11位に終わった。
16歳で初出場した18年平昌五輪は4位。少女の悔し涙に胸を打たれて「20歳、24歳の五輪がくる。きっと夢は花開く」と私はコラムに書いた。22年の北京五輪も4位だったが、予選で左手の甲を骨折しながらも、決勝で誰も成功したことのない後方に3回宙返りする超大技に果敢に挑んだ勇気に、また心を奪われた。
だから24歳の岩渕を大いに楽しみにしていたのだが、五輪の現実は甘くはなかった。「毎回違った難しさがある。それを乗り越えるのがすごく難しい」。試合後、岩渕は無念そうに、こわばった笑みを浮かべた。金メダルをつかんだ21歳の村瀬心椛の満ち足りた笑顔とのコントラストにちょっと胸が締め付けられた。
目に涙をためて気丈に話す岩渕を見ながら、モーグルで5大会連続出場した上村愛子さんを思い出した。順位は7位、6位、5位、4位、4位。10年バンクーバー五輪で「何でこんなに一段一段なんだろう」と涙目で語った。ベストを尽くしても報われるわけじゃない。それがスポーツであり、五輪なのだ。人生だって多くがそうなのだ。
決勝進出12人中半数が10代の選手だった。岩渕は上から4番目。空中技も前回の3回転半から4回転へとさらに高度化していた。時代は想像を超えたスピードで進んでいる。そんな厳しい競技環境で8年間、一途に心の聖火を燃やし続け、いつだって攻めるジャンプに挑み続けてきたのだ。よくやったじゃないか。
平昌五輪の時のコラムで1つ悔やんでいることがある。それは「20歳、24歳の五輪がくる」の文章に「28歳の」を入れなかったことだ。まだ24歳。実力は今も世界トップレベルだし、昨年の世界選手権は銀メダルだ。今回の苦い経験から学べば、もっと成長できるはずだ。
ジャンプの葛西紀明が個人種目でメダルを初めて手にしたのは7回目の五輪だった。ジャンプの魅力にとりつかれた男は、53歳になった今も現役で飛び続けている。試合後に「楽しかった」と振り返った岩渕の言葉は本音だろう。ならば、これからも競技を楽しんで、もっと高みを目指してほしい。その先に、28歳の五輪が待っている。【首藤正徳】(ニッカンスポーツ・コム/スポーツコラム「スポーツ百景」)


