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桜島が育てた「遠藤3兄弟」三男保仁が大記録目前

J1開幕横浜戦に向けて敵地に移動するG大阪遠藤
J1開幕横浜戦に向けて敵地に移動するG大阪遠藤

23日に行われるJ1リーグで大記録が達成される可能性が高い。ガンバ大阪の元日本代表MF遠藤保仁(40)が、横浜F・マリノス戦(日産ス)に出場すれば、楢崎正剛(名古屋グランパス=GK、18年限りで現役引退)に並ぶJ1通算最多出場記録の631試合となる。プロ23年目、いつの時代も試合に絡み続けた大黒柱だけが手にする金字塔だろう。

98年に鹿児島実から横浜フリューゲルス入り。その後、京都サンガ、G大阪へと移籍した。鹿児島・桜島生まれの遠藤を語る上で、欠かせないキーワードは「遠藤3兄弟」。地元では知らない人はいないほど有名で、今回の大記録達成を前に3兄弟のすごさをおさらいしておきたい。

遠藤の鹿児島市の実家にはこれまでの写真が多数飾られている
遠藤の鹿児島市の実家にはこれまでの写真が多数飾られている

遠藤家は長男拓哉さん(46)、次男彰弘さん(44)、そして三男の遠藤。3人とも名門・鹿児島実サッカー部出身だ。

3兄弟が在学した計8年間(長男と次男は1年重複)で7度も全国高校選手権に出場し、全盛期の同校の歴史を支えた。全国に行けなかったのは彰弘さんの2年時だけだ。

MFだった拓哉さんは、2年時に同学年のFW前園真聖らと全国準優勝を遂げた。卒業後は鹿屋体大に進学。Jリーグには進まなかった。

MFの彰弘さんは、同学年のFW城彰二と3年時に全国ベスト4まで進んだ。卒業後は横浜マリノスに入団し、96年アトランタオリンピック(五輪)では右ウイングで「マイアミの奇跡」を演じたのは有名な話。遠藤と同じく寡黙で、最後まで走りきるプレースタイルだ。引退後の現在はサッカースクール「遠藤塾」(鹿児島、大阪、金沢の3校)を手がける。

三男の遠藤は1年時に静岡学園と両校優勝を、2年時はベスト8、3年時は2回戦敗退という結果を残した。

3兄弟は幼少の頃から常にサッカーボールを蹴っていた。火山灰を含んだ独特の土のグラウンドで育ち、強風で火山灰が体に降り注いでもサッカーを続けた。桜島の大自然が育てたのが「遠藤3兄弟」で、その中でも強靱(きょうじん)な体と心で三男の遠藤は歴史に名を残した。

ワールドカップ(W杯)は06年ドイツ、10年南アフリカ、14年ブラジルの3大会連続出場。国際Aマッチ出場数も歴代1位の152試合に出場している。

遠藤の実家では父武義さんが過去のお祝いの焼酎を多数飾っている
遠藤の実家では父武義さんが過去のお祝いの焼酎を多数飾っている

3兄弟の絆は深い。例えば遠藤が高3への進級前、ブラジル・サンパウロ州のクラブへ約1カ月、サッカー留学した。当時、既にJリーグ横浜マリノス入りしていた次男彰弘さんが、遠藤の留学費用を用意したという秘話がある。遠藤にとってはハングリー精神を築いた貴重な留学になった。

故郷・桜島港のフェリー乗り場には、遠藤が活躍する新聞記事や写真、ユニホームが飾られた展示場まであり、島全体はもちろん、鹿児島県全体でその成長を応援してきた。

順調にいけば、23日の開幕横浜戦で631試合の記録に並び、3月1日ベガルタ仙台戦(ホーム)で632試合の単独記録樹立となる。既にカウントダウンは始まっている。【横田和幸】

G大阪遠藤の地元桜島港のフェリー乗り場にはこれまでの活躍を示す展示場がある
G大阪遠藤の地元桜島港のフェリー乗り場にはこれまでの活躍を示す展示場がある

スポーツをこよなく愛する日刊スポーツの記者が、スポーツの醍醐味、勝負の厳しさ、時には心が和むようなエピソードなど、さまざまな話題を届けます。

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