4年後に向けて、スタートを切った。ノルディックスキー・ジャンプ男子の雪印メグミルクが11日、札幌市内で練習を公開した。平昌五輪(ピョンチャンオリンピック)代表の小林潤志郎(26)はオフに岩手に帰省し、母校を訪問。メダルを期待されて臨んだ初めての大舞台では力を出し切れなかったが、地元で受けたエールを胸に、22年北京オリンピックでのメダル獲得を誓った。

 小林の目はすでに4年先を見据えている。気持ちは切り替えた。18-19年シーズンに向けてチームが始動し、11日で合宿5日目。新任のチームトレーナーの下、体幹強化を中心に体づくりに励む毎日。「体のいろんなところを鍛えられて充実している。去年(五輪シーズン)のことは忘れて一からという気持ちでやっていきたい」と前進している。

 夢舞台はあっという間に終わった。平昌五輪では個人ノーマルヒルで31位、ラージヒル24位だった。シーズンインは快調な滑り出しだった。昨年11月のワールドカップ(W杯)個人第1戦でいきなり初優勝した。その後も1ケタ順位に入り、本番に臨んだが、結果は残せなかった。それでも本人は悲観していない。五輪後のW杯個人戦で2度の7位と意地を見せ「メンタルが強くなれたシーズンだった」。失敗から立ち直る精神力を得たシーズンとなった。

 ゴールデンウイーク中に岩手に帰省した。ともに五輪に出場した弟陵侑(21=土屋ホーム)と卒業した小、中学校を訪問した。高校には1人で訪れ、約900人の前での5分間スピーチを頼まれ、壇上に立った。「意外と人気者でした」と、歓迎ぶりに驚きつつ「たくさん応援してくれた。今度はメダルを持って帰りたい」。英気を養い、士気を高めるには十分だった。

 原田雅彦監督(50)からは「4年後の五輪では『メダルを取る』『何色のメダルを取る』というところまで選手たちは成長する」と背中を押される。来年2月にはオーストリアでの世界選手権も控えるが、五輪での悔しさは五輪でしか晴らせない。チーム期待のジャンパーとして「あれ以下の成績はない。絶対にあれ以上の成績が出ると思っている」。リベンジへ、自信をみなぎらせていた。【保坂果那】