家族の思いを胸に、レスリング女子63キロ級の川井梨紗子(21=至学館大)が圧倒的な強さで金メダルを獲得した。昨年世界選手権2位の実力者は危なげなく勝ち進み、決勝もマリア・ママシュク(ベラルーシ)に6-0と快勝。元日本代表選手ながら五輪の夢がかなわなかった母初江さん(46=旧姓・小滝)に金メダルを贈り、20年東京五輪で階級を変えての連覇も誓った。

 直前で絶対女王の吉田が負けても、川井は動じなかった。「絶対に金メダルを持ち帰る」の強い思いで、決勝戦のマットに立った。ママシュクをスピードで翻弄(ほんろう)し、確実にポイントを重ねた。全盛期の吉田や伊調のように強さを見せつけた。優勝を決めると栄チームリーダーを2回投げ、肩車して喜びを爆発させた。「メダルは重いです」と笑顔で言った。

 母初江さんは元日本代表選手。「五輪を目指して」練習を積んだが、当時は五輪実施競技になる前。92年バルセロナ五輪で採用されないことが決まって、マットを離れた。「初めて試合を見にきてくれた」父孝人さん(48)は元グレコの学生王者。やはり五輪を目指したが、夢はかなわなかった。妹友香子もレスリング選手で、今回はチームに同行。「家族の前で優勝できてうれしい」。日本女子チームに4個目の金メダルをもたらした後はスタンドに一直線。コーチでもあった母から「よくやったね」と言われ、涙があふれた。

 本来は58キロ級。14年全日本選手権で目標とする伊調に敗れ、1度は五輪への道が閉ざされた。しかし、当時至学館大の主将だった登坂の助言もあって63キロ級への転向を決意。昨年の世界選手権日本代表の座をつかみ、同選手権の銀メダル獲得で五輪行きを決めた。

 「打倒伊調」先送りは悩み抜いた末の決断だったが周囲に「伊調から逃げた」と批判された。「悔しかった。だからこそ絶対に金メダルをほしかった」。58キロ級で史上初の五輪4連覇を決めた先輩に続く優勝。前日3人ともが終了間際の逆転だったのに対し、1人圧勝で世界の頂点に立った。

 「63キロ級は今日が最後。12月の全日本選手権では58キロ級で出る」と宣言した。世界一になった階級を捨てて、再び伊調に挑戦する道を選ぶ。伊調が出場するかどうかは微妙だが「五輪の金メダルと馨さんに勝つことは同じように大事」と、強い思いを口にした。

 東京五輪に向けて川井は「馨さんに勝って、連覇したい」と言い、栄チームリーダーも「川井は間違いなく東京も出るだろう」。吉田沙保里が初めて五輪に勝った時と同じ21歳での戴冠。新旧交代を印象付けた1日だった。【荻島弘一】

 ◆五輪レスリングの複数階級制覇

 04年アテネ大会で登場した女子レスリングは、ロンドン大会まで4階級。今回から6階級に増えたが、複数階級制覇はいない。男子では1932年ロサンゼルス大会でイバール・ヨハンソン(スウェーデン)がフリー79キロ級で金メダル。1日で減量してグレコローマン72キロ級金メダルの離れ業を成し遂げている。<川井梨紗子(かわい・りさこ)アラカルト>

 ◆誕生

 1994年(平6)11月21日、石川・津幡町生まれ。家族は両親と、競技をしている次女友香子、三女優梨子の5人。父孝人さん(48=教員)はグレコローマンの元学生2冠、母初江さん(46)。

 ◆レスリング

 小2で父孝人さんに「試合あるけど出てみる?」と誘われ、練習せずに大会出場。惨敗して金沢ジュニアクラブで始める。小6で全国少年少女選手権33キロ級3位。津幡中3年で全国中学選手権52キロ級で優勝。

 ◆2世

 初江さんは、山本美憂らと練習した女子レスリングの黎明(れいめい)期を支えた選手。川井は母娘で世界選手権代表になった「2世」。

 ◆世界大会

 栄監督の指導を受けた至学館高3年で世界選手権に出場し7位。至学館大の13、14年世界ジュニア連覇。15年世界選手権準優勝でリオ五輪内定。

 ◆サイズ

 160センチ。61キロ。