【自炊フォト】根尾昂と田村藤夫氏のハンバーグ論争 完璧主義者の片鱗ここにも/後編

田村藤夫氏(63)の「プレミアムリポート」後編は、中日根尾昂投手(22=大阪桐蔭)の「自炊問題」をメインテーマに、石橋康太捕手(22=関東第一)もまじえて少し突っ込んだ会話になりました。

プロ野球

◆根尾昂(ねお・あきら)2000年(平12)4月19日、岐阜県生まれ。小2から古川西クラブで野球を始め、古川中では飛騨高山ボーイズに所属。大阪桐蔭では1年夏からベンチ入りし、2年春、3年春夏で優勝。4球団強豪の末、18年ドラフト1位で中日に入団。3歳から始めたスキーでは、中学2年時にアルペンスキー回転で日本一となり、世界大会にも出場した。内外野をこなし、昨季途中から投手に登録を変更。昨季は野手として49試合に出場し打率2割、本塁打なし、4打点。投手として25試合に登板し勝敗なし、1ホールド、防御率3・41。177センチ、78キロ。右投げ左打ち。


◆石橋康太(いしばし・こうた)2000年12月7日、千葉県生まれ。小学生から捕手として活躍し、6年時にロッテジュニアに選出され12球団ジュニアトーナメントに出場し準優勝。千葉市リトルシニアから関東第一高。2年夏の東東京大会で4本塁打を放つなど、高校通算57本塁打。18年ドラフト4位で中日に入団した。1年目に球団史上初となる高卒新人でのスタメンマスク。昨季は31試合に出場し打率1割7分9厘、本塁打なし、4打点。181センチ、95キロ。右投げ右打ち。


◆田村藤夫(たむら・ふじお)1959年(昭34)10月24日、千葉・習志野出身。関東第一から77年のドラフト6位で日本ハム入団。93年に初のベストナイン、ゴールデングラブ賞を受賞。93年オフ、巨人長嶋監督からFA移籍でのラブコールを受けたが、日本ハムに残留。96年オフには、ダイエー(現ソフトバンク)王監督から直接電話を受け、移籍を決断した。07年からは、中日の落合監督に請われ入閣。捕手としてONと落合氏から高く評価されたが、本人は「自分から人に話すことではない」とのスタンスをかたくなに守る。42年間のプロ野球生活を経て解説者に。通算1552試合出場、1123安打、110本塁打。

1人暮らしを始めた根尾が自炊した献立。サラダとハンバーグ、具はブロッコリーとジャガイモのコンソメスープ(根尾提供)。クールなランチョンマットを含め、完璧に見える。しかし、洞察に優れる田村氏が隅々までチェック。送信のタイミングを含めて鋭い指摘を連発し、思わぬ論争? に発展していく

1人暮らしを始めた根尾が自炊した献立。サラダとハンバーグ、具はブロッコリーとジャガイモのコンソメスープ(根尾提供)。クールなランチョンマットを含め、完璧に見える。しかし、洞察に優れる田村氏が隅々までチェック。送信のタイミングを含めて鋭い指摘を連発し、思わぬ論争? に発展していく

根尾の「自炊問題」とは、昨年12月にこの「プレミアムリポート」の中で、私と根尾でやや盛り上がった件です。1人暮らしをはじめたばかりの根尾の「自炊できるっす」との発言に、自炊経験のない私が「なんで自炊したことないのに、できるって言っちゃうんだ? 自炊なめちゃいけないよ」と、応戦したことに端を発します。

完璧主義の根尾が、果たして自炊したのか、納得の料理はできたのか。購読してくださったファンの皆さんも興味あるのではと、何度か根尾に連絡した末、結論にたどり着きました。

なにせ、自炊、料理とはまったく無縁なまま、ここまで生活してきた私ですから、読んでくださる方からすれば、根尾に対する質問のレベルの低さも感じると思いますが、そこはどうぞ我慢して、最後まで読んでください。

「その、あの、写せるものが…」

田村氏ちょっと、ここで話題はかなり変わります。根尾から写メきたんだよ。食事の写メが!

根尾昨日作ったやつです(ちょっと自信満々の雰囲気で)。

石橋あぁ、自炊のやつですか(なぜか声のトーンが上がって、うれしそう)。

田村氏そう。前に連絡して確認したら、根尾は「やってません」って言ってて「写メ送ってくれ」って、何度も催促しても全然送ってくれなくて。そのうち「自炊してません」って。それで、石橋にも自炊しているか聞いてみたら、石橋は「冷凍食品を電子レンジでチンしかしてません」って。

石橋そうです、ハハハハ。チンするか、お湯を入れるだけです。ハハハハ。

根尾ハハハ。まじでチンと、ナベにお湯はる気持ち、分かるわああぁぁ!

田村氏やっと自炊するようになったのかな?

根尾いや、まあ、いろいろ、いろいろあったっすけど(ワケありの雰囲気を漂わせる)。

田村氏やってたの?

根尾その、あの、写せるものがなかったっす!

田村氏いや、だから、あのね、根尾は性格的に、失敗作は絶対に送って来ないと思ったんだよ。

根尾アハハハハ。

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1959年(昭34)10月24日、千葉・習志野出身。
関東第一から77年のドラフト6位で日本ハム入団。93年に初のベストナイン、ゴールデングラブ賞を受賞。
93年オフ、巨人長嶋監督からFA移籍でのラブコールを受け(日本ハムに残留)、96年オフには、当時の王監督(現会長)から直接電話でダイエー(現ソフトバンク)移籍を決断。07年から中日落合監督に請われて入閣した。
ONと落合氏から高く評価された捕手だが、田村氏はそうした経緯について「自分から人に話すことではない」というスタンスをかたくなに守る。42年間のプロ野球生活を経て解説者に。プロ通算1552試合出場、1123安打、110本塁打。