【吉田唄菜(中)】強まった“本当の五輪”への思い、トロントに置いていった金メダル

日刊スポーツ・プレミアムでは毎週月曜に「氷現者」と題し、フィギュアスケートに関わる人物のルーツや思いに迫っています。

シリーズ第39弾は吉田唄菜(21=木下アカデミー)を連載中です。2023年5月から森田真沙也とカップルを組み、アイスダンスで活躍中。今季は11月のNHK杯でグランプリ(GP)シリーズにも初出場しました。

全3回の中編では、初出場した2016年全日本ジュニア選手権から、西山真瑚とのカップルで駆け抜けた2019―20年シーズンまでを描きます。五輪出場を目指す中、西山との出会いによって大きな飛躍を遂げますが、新型コロナウイルスの感染拡大がその道のりに覆い被さろうとしていました。(敬称略)。

フィギュア

◆吉田唄菜(よしだ・うたな)2003年(平15)9月6日、岡山県倉敷市出身。6歳から競技を始めた。杉山匠海と組み、16年全日本ノービス選手権、17年トルン杯を優勝。17-18年シーズンの直前にカップル解消。18年11月に西山真瑚と出会い、19年1月にカップルを結成。同2月からカナダを拠点とし、同年のジュニアグランプリ(GP)シリーズで2大会連続6位。同年から全日本ジュニア選手権2連覇。20年1月のユース五輪混合団体戦で金メダル。同3月の世界ジュニア選手権12位。21年1月にカップル解消。同5月に浦野誓二とカップルを組むも、ほどなくして解消。23年5月に森田真沙也とカップルを結成し、「うたまさ」の愛称で活躍中。同12月の全日本選手権3位。24年4大陸選手権10位。同11月のNHK杯9位。身長154センチ。

NHK杯フリーダンスで演技を披露する吉田唄菜(左)と森田真沙也(2024年11月9日撮影)

NHK杯フリーダンスで演技を披露する吉田唄菜(左)と森田真沙也(2024年11月9日撮影)

ホームステイ先に置いていった金メダル

金メダルと3年半も離ればなれになるとは、思ってもみなかった。

2020年3月。

中国・武漢を発生源とする新型コロナウイルス感染症が、世界中で猛威を振るい始めていた。

1月に初の感染者が確認された日本では、全国の小中学校や高校が臨時休校となり、不要不急の外出を控えるように周知された。イベントの延期や中止も相次ぎ、マスクの着用が当たり前の光景となっていった。

吉田が過ごしていたカナダ・トロントも、例外ではなかった。

トロント・クリケット・スケーティング&カーリングクラブの外観(2013年3月18日撮影)

トロント・クリケット・スケーティング&カーリングクラブの外観(2013年3月18日撮影)

練習拠点だったクリケット・クラブは閉鎖。カナダ最大の都市も、静まり返っていた。

家族やパートナーの西山真瑚らと相談し、すぐに日本に帰ることになった。

ホームステイ先の家の一室で、スーツケースに荷物を詰め込む。ただ、その時はまだ、事態を深刻には捉えていなかった。

置いていった荷物の中には、2カ月前のユース五輪でつかんだ金メダルもあった。

全日本ジュニア選手権リズムダンス(RD)で首位になった吉田唄菜(左)、西山真瑚組(2020年11月21日撮影)

全日本ジュニア選手権リズムダンス(RD)で首位になった吉田唄菜(左)、西山真瑚組(2020年11月21日撮影)

“負けず嫌い”で巻き返した全日本ジュニア、トルン杯での優勝

パンデミックが起こる3年半前は、滑る喜びにあふれていた。

中学1年の秋。

そのシーズンから本格的にアイスダンスを始め、杉山匠海とのカップルで全日本ノービス選手権を初優勝した。それまでシングルではなかなか芽が出なかっただけに、「アイスダンスに向いていたんだ」と新たな実感が湧き上がった。

それから約1カ月後の11月中旬。札幌市・月寒体育館で開催された全日本ジュニア選手権では、前年からジュニアGPシリーズに出場していた深瀬理香子、立野在(ある)組、折原裕香、森望(かなた)組らとの競演となった。

「その時はノービスから推薦で出させていただいたので、皆さんすごい方々だと思って、恐れ多いという感じでした。でも、ここでも負けず嫌いは出て、絶対に表彰台には乗りたくて」

全日本ジュニア選手権で大会2連覇を達成した吉田唄菜(左)西山真瑚組(2020年11月22日撮影)

全日本ジュニア選手権で大会2連覇を達成した吉田唄菜(左)西山真瑚組(2020年11月22日撮影)

ショートダンス(SD)ではリフトの得点が無効となり、29・88点で6組中最下位。目標の表彰台圏内までは7・68点差がついた。

それでも、持ち前の「負けず嫌い」が顔をのぞかせた。

「その後の国際試合の派遣がなくなるかもしれないと思うと、絶対に頑張らなきゃと。死ぬ気でフリーへ挑みました」

フリーダンス(FD)では2つのリフトを決め、大きなミスなく演技を通した。結果はFD2位の56・82点。総合4位と巻き返した。

表彰台こそ3・34点差で逃したものの、会場の観客はスタンディングオーベーションで温かい拍手を送ってくれた。

「ショートをもう少しちゃんとやっていたら表彰台に乗れたかなという悔しさはあったんですけど、会場の皆さんが拍手をしてくださって、逆に圧倒されました。『私たちの演技、良かったんだ』という達成感がありました」

そこに広がった光景が、次の舞台への活力になった。

2017年1月には、ポーランドで開催されたトルン杯へ。

自身初の海外は、1カ月遅れのクリスマスで賑わっていた。時差調整に苦労したが、ここでも勢いは続く。最下位も覚悟した中、79・61点で優勝を収めたのだ。

「公式練習の時は、海外の選手はスタイルも良くてすごく上手に見えました。さすがに優勝は頭になくて、最下位くらいかなと思っていて。そしたらまさかの優勝だったので、すごく自信につながりました」

表彰台の一番上に立った記憶は、鮮やかに刻まれた。

西日本選手権で演技を披露する吉田唄菜(左)森田真沙也組(2023年10月28日撮影)

西日本選手権で演技を披露する吉田唄菜(左)森田真沙也組(2023年10月28日撮影)

カップル不在でも「絶対に誰かいる」

躍進のシーズンを終えた後、杉山からシングル専念の意向を告げられたため、カップルは解消となったが、自身が進む道は明確となっていた。

「気付いたらシングルは辞めていました」

2016年11月上旬の全岡山選手権で11位となった演技が、シングルでの最後の試合だった。

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岐阜県不破郡垂井町出身。2022年4月入社。同年夏の高校野球取材では西東京を担当。同年10月からスポーツ部(野球以外の担当)所属。
中学時代は軟式野球部で“ショート”を守ったが、高校では演劇部という異色の経歴。大学時代に結成したカーリングチームでは“セカンド”を務めるも、ドローショットに難がある。