【34年前のロンドン公演~前編】ダンプトラック=小錦、ソルトシェイカーは?

2025年10月、大相撲ロンドン公演が行われました。

34年前の1991年10月にも、同じくロイヤル・アルバート・ホールで開催されました。当時は、若貴ブームの真っ盛り。当時の日刊スポーツの記事と写真を紹介します。

渡辺佳彦記者による当時の現地リポート前編です。

大相撲

会場のロイヤル・アルバート・ホール前で、若花田ら力士の記念撮影の中に入り込んだ警官。「もっと下がって」とカメラマンを交通整理

会場のロイヤル・アルバート・ホール前で、若花田ら力士の記念撮影の中に入り込んだ警官。「もっと下がって」とカメラマンを交通整理

若は出発、貴は休場

1991年10月5日

5日午後、若花田(20=藤島)が大相撲ロンドン公演(9日~)を行う日本相撲協会の一行(団長・二子山理事長)とともに出発した。

初めてロンドンを訪れるうれしさよりも、左目の角膜潰瘍(かいよう)で緊急入院した弟・貴花田を心配する気持ちが強い。4日夜、貴花田を電話で見舞い「行ってくるよ。ゆっくり休んで早くよくなるんだぞ!」と、強気に激励はしたものの、「東京とロンドンですからね。離れている分、心配なんです」。空港内のショップでカメラを購入したが、「二人で行けないのは寂しいものです」と言った。

若花田はわずかな時間を利用して、空港売店でカメラを購入

若花田はわずかな時間を利用して、空港売店でカメラを購入

出発1時間前には、13時間の長旅に備え、同部屋の安芸ノ島、貴闘力とすし8人前を食べて腹ごしらえ。気分も幾分晴れた。「アイツの分も土産を買わなきゃいけないし」。気持ちを切り替え、ロンドンへと旅立った。2組に分かれて英国入りの第1陣は横綱旭富士ら41人が同日午後11時過ぎ、本隊も5日深夜にロンドンに到着した。

貴花田が不参加となり、1人寂しそうにロビーで出発を待つ前頭3枚目若花田

貴花田が不参加となり、1人寂しそうにロビーで出発を待つ前頭3枚目若花田

ロビーで出発を待つ力士たち

ロビーで出発を待つ力士たち

出発する大関小錦

出発する大関小錦

小結曙がファーストクラスに

1991年10月5~6日

9日から始まる大相撲ロンドン公演に参加する相撲団一行(団長=二子山理事長)が5日午後、ロンドンに到着した。初めての海外公演参加となる若花田(20=藤島)は夕方、二子山理事長らA班とともに日航機で初めてイギリスの土を踏んだ。角膜かいようのため不参加の弟貴花田に代わり、ヒースロー空港では欧州各国の取材が殺到。“若さまフィーバー”がイギリスに吹き荒れそうだ。

若花田が到着したロンドンのヒースロー空港で、いきなり取材合戦に巻き込まれた。

日本のNHK、民放4社のほか、地元イギリス、ドイツなど欧州勢のカメラクルーにドッと囲まれ、やっとの思いでホテル行きのバスに乗り込んだ。その数約100人。前後して左目の「角膜かいよう」のため渡英できなかった弟貴花田の、明け荷だけが通り過ぎた。宿舎の「ロイヤル・ガーデンホテル」の部屋は、横綱、大関の特権でもある個室が若花田に与えられた。貴花田のキャンセルでペアリング変更ができなかったため。

ロンドン入りした前頭3枚目若花田

ロンドン入りした前頭3枚目若花田

到着2日目の6日午前(日本時間6日夜)は、相撲団一行とともに市内観光。ビッグベンをバックに記念撮影、バッキンガム宮殿での衛兵交代式を見学。相撲のことはしばし忘れ「町並みがきれいですよね。人がアリのようにゴチャゴチャしている日本と違って、こっちの人はゆっくり、マイペースって感じ」と長旅の疲れを忘れた。フランス、ベルギーなどを旅行中の母憲子さんと近々ロンドンで再会し、知人の結婚式に出席する予定も。「アルマーニの服を弟のお土産に買って帰る」と午後はショッピングも楽しんだ。

ロンドン入りした小結曙

ロンドン入りした小結曙

○…204センチ、198キロの小結曙(22=東関)も渡航の機内ではVIP扱い!?関脇以下の力士はビジネスクラスと決まっているが、その巨体にはあまりにもシートが小さい。そこで本来は利用できないファーストクラスが空いていたため、急きょ、移動が認められた。それでも12時間の長旅に「体がしびれた」と曙。周りの偉い人ばかりで緊張した?

ロンドン入りした横綱北勝海

ロンドン入りした横綱北勝海

○…公演会場となるロイヤル・アルバート・ホールの準備態勢も着々と進んでいる。相撲団本隊が到達した5日深夜から徹夜作業で設営が行われた。土俵の土は、ロンドン市内から1時間かけて呼び出しさんが探し回り、50トンの土を運搬。屋形は本場所(春場所)で使用しているものがつり上げられた。

ロンドン場所に向け徹夜の作業が進むロイヤル・アルバート・ホール。屋形は春場所のものを使用

ロンドン場所に向け徹夜の作業が進むロイヤル・アルバート・ホール。屋形は春場所のものを使用

公演会場となるロイヤル・アルバート・ホールの外観

公演会場となるロイヤル・アルバート・ホールの外観

ロンドン場所に向け徹夜の作業が進むロイヤル・アルバート・ホール。屋形は春場所のものを使用

ロンドン場所に向け徹夜の作業が進むロイヤル・アルバート・ホール。屋形は春場所のものを使用

「来年中に横綱になるという評判ですが」

1991年10月7日

ロンドン到着から3日目の7日正午(日本時間同日午後8時)から、相撲団一行の記者会見が、市内のロイヤル・ガーデンホテルで行われた。当初の予定では二子山理事長以下、関取衆は三役以上が出席する予定だったが、関取全員に変更された。幕内の若花田の人気を考慮してのものだ。

◆ロンドン公演日程

▽8日小児病院に慈善訪問▽9日学童見学のためのけいこ、大相撲ロンドン公演初日▽13日公演千秋楽、東京都知事主催レセプション、ロンドン公演打ち上げ▽14日自由行動▽15日2班に分かれ帰国▽16日成田着

これも「若花田人気」の表れだろう。当初の予定では、ホテルで開かれる記者会見には二子山理事長、出羽海理事はじめ協会役員、そして力士は三役以上の関取衆だけが臨むはずだった。ところが、会見場のロイヤル・ガーデンホテルには幕内力士全員がズラリと顔を並べた。

一般週刊誌、女性誌、写真誌なども含めれば100人は下らないといわれる報道陣のマークは、必然的に若花田に向けられる。当初の予定では、西前頭3枚目の若花田は「自由行動」で、ショッピング、市内観光に充てる予定だった。報道陣が若花田一点に集中するのは目に見えている。記者会見場に集まるのが、一部の外国報道陣だけになったら……。主催者側(ジャパン・フェスティバル英国委員会、日本相撲協会)の意図が、スケジュール変更に見え隠れしている。

レセプションで関係者らと鏡を開く二子山理事長(左から2人目=45代横綱若乃花)、横綱北勝海(同3人目)、横綱旭富士(同4人目)

レセプションで関係者らと鏡を開く二子山理事長(左から2人目=45代横綱若乃花)、横綱北勝海(同3人目)、横綱旭富士(同4人目)

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スポーツ

佐々木一郎Ichiro Sasaki

Chiba

1996年入社。特別編集委員室所属。これまでオリンピック、サッカー、大相撲などの取材を担当してきました。X(旧ツイッター)のアカウント@ichiro_SUMOで大相撲情報を発信中。著書に「稽古場物語」「関取になれなかった男たち」(いずれもベースボール・マガジン社)があります。