私を揺さぶる、グランプリ-。12月16日からボートレース住之江で開幕する1年の総決戦、SG「第40回グランプリ」に向けた特別企画。「Road to THE GRAND PRIXキャンペーン」と題した企画の第5弾として、菅章哉(37=徳島)に焦点を当てた。劣等生から這い上がった人気レーサーは大舞台に憧れの感情を抱いていた。(取材日=11月22日)

◇ ◇ ◇ ◇

菅章哉にとって、グランプリは1年間、SG、G1戦線に居続けた“ご褒美だ”という。だからこそ、緊張感よりも楽しみが勝る。「ワクワクでしかないですよ(笑い)」。勝ち負けはもちろん大事。舟券を買ってくれるファンの気持ちも理解している。しかし、人生において、これほどの高揚感を得られる機会は、そうはない。「小さいことにとらわれず、その1節間の空気感を味わえることが、自分の人生の財産になる。そこで新しい発見があると思うし、緊張している時間がもったいない」。賞金ベスト18に入った達成感よりも、憧れに近い感情を抱くのには理由がある。

やまと学校(現ボートーレーサー養成所)では、訓練に付いていくのが精いっぱいだった。デビュー後「3年でA級」を目標に掲げていたが、本意ではなかった。「実際、デビューしてからはめちゃくちゃ下手だった。周囲に合わせて、目標を言っていたけど、正直、クビ(代謝)にならないようにするの必死でした。やる気はあったけど、効果的な練習のやり方が分からなかった」。先輩レーサーからも見放され、辛い時期を送った。そんな中、新開文夫(引退)、近藤稔也の2人に声をかけられ、アドバイスをもらった。そのおかげで引退危機から脱し、レーサー人生が好転した。初めてA級に昇格したのは14年1月。09年11月のデビューから約4年2カ月が経過していた。

本格的にGPを意識したのは、今年が初めてだ。若い頃には「賞金王を取るために生まれてきました!」と口にしたこともあったが、ファンサービスの一環に過ぎなかった。その言動が先輩のかんに障り、怒られたこともあったという。しかし、今なら誰も文句は言わない。今年G1・2勝。クラシック、オールスター、メモリアル、チャレンジカップと4つのSGに出場した。23年9月、G1からつ周年の優勝戦でフライングを切り、罰則により、昨年はG1を走れなかった。そんなアクシデントも乗り越え、4月の津周年で、予選トップを獲得し、G1初制覇を果たした。

「G1優勝、優勝5回、適用勝率7点、SG優出、SG優勝の5つが今年の目標でした。その半分ぐらいは、かなえることができた。リアルな目標設定をして、それに向かって、やるべきことをやってきました」。課題だったムラッぽさは解消しつつある。チルト3度の伸び型スタイルは、スタート事故と隣り合わせだが、24年8月を最後にフライングも切っていない。かつての劣等生は、もうどこにもいない。

最近、自らに課されたオッズ、そして、ファンの対応を見て感じることがある。「人気を裏切って、6着でピットに戻っても、ファンの方がめちゃくちゃ、手を振ってくれている。1着を目指して走っているけど、自分の勝ち負けは、特別に重要なものではないんだなと。チルト3度にして、展示に出ると、お客さんが沸いてくれる。そんな準備と意思表示をすることが、ファンに対しての恩返しなんだと思っています」。菅がいるGP。それはボート界にとっても、ワクワクでしかない。