ここ最近、メディアから取材を受けることが増えてきた。例えば、新聞記事の場合、取材時間は3時間を超えることもある。その3時間の取材の中で、使える文字数は非常に限られている。


0円Jリーガーとして奮闘するYS横浜のFW安彦
0円Jリーガーとして奮闘するYS横浜のFW安彦

ではなぜそんなにたくさん取材時間が必要なのか。 それは、記事を書く側の人が、文字を並べるだけではないということ。その文字の裏には、その取材対象者の背景が映し出されなければその記事に深みを持たすことはできない。

SNSが普及し、選手自身が自らの言葉で語れる時代になったが、やはりプロが書く記事と本人のブログでは大きな違いがある。

それは、記者がサッカー経験があるからと言っていきなりJリーグでプレーすることはできないのと同じだ。取材を通して、僕はいつも記者さんのジャーナリズムを感じる。例えば、日刊スポーツや朝日新聞、FRIDAYや共同通信などで取材を受けたとき、僕のことを聞かれると同時にその記者さんの人となりも見えてくる。

その人が何を考え、僕の何を引き出し、何を伝えたいのか。そこにはその記者さんが考える社会課題や世の中の人が何に悩んでいるかなど、解決したい事柄があるように思える。ただ僕のチャレンジへの興味ではなく、僕のチャレンジが社会や一般の人にどのように響くかなどを考え抜いてくれている。

それは、届ける先が"サッカー界の人"ではなく、一般の人だからである。

サッカーの記事は結果と共に伝えられることが多いが、選手個人の記事は結果とは関係なく、その選手の人となりをフォーカスすることが多い。ファッション雑誌「OCEANS」の取材を受けたときは、僕のチャレンジの内容に対して、僕の表情、服装、所作など細部にこだわって撮影が行われた。そこにはわかりやすい結果ではなく、その人の複雑な物語があるからこそ、それを限られた文字数で伝えるには、その文字数の何万倍もの背景が必要になるということ。

最近、あるキー局の人気番組で特集してもらうことになり、取材を受け、収録に参加をしてきた。テレビの収録ともなるともっと時間はかかる。例えば1時間番組の収録の場合、事前準備に電話取材が2時間、実際に会って打ち合わせが2時間半、その他取材に3時間、そしてリハーサルに1時間半、本番に2時間半、これは出演する僕にかかる時間だが、収録に携わる人たちは、これの何倍もの準備が必要だ。


0円Jリーガーとして奮闘するYS横浜のFW安彦
0円Jリーガーとして奮闘するYS横浜のFW安彦

こういったことを考えると、僕らはメディアとの付き合い方を非常におろそかにしてきたのではないかと思う。やべっちFCのように若干バラエティーよりのスポーツ番組だと、選手が軽いノリでお笑い芸人のように振る舞うことがある。しかし、果たしてそのノリは必要なのだろうか。

作る側の労力とそれを支えるスポンサーのことを考えると、クラブと選手はメディアに出るということをもっと深く捉え、深く考える必要があるのではないだろうか。

サッカーメディアが縮小していくのは、サッカー界にとっては大きな問題だ。その問題を、番組側の責任だと思うことは簡単だが、その責任の一端は取材対象である僕らにもあるのではないだろうか。サッカー文化を育てるためには、メディアの存在は必要不可欠である。

そのためには、選手やクラブがメディアに取り上げてもらうためには何が必要で、取り上げてもらった結果、それはどこに届かせたいのかを明確にして挑むことは、欠かせない努力だと思う。試合をして勝った負けたでメディアが取り上げてくれていた時代はとっくに終わっている。

今、必要なのは、Jリーグがどこを目指して、Jリーガーとは何のために存在しているのかという、明確な目的が必須だ。選手個人の結果やスキルを売るのではなく、その人の物語を売るつもりで、それぞれがセルフプロデュースをすることが必要な時代へと変わったのだ。


矢部浩之(19年12月8日)
矢部浩之(19年12月8日)

これはJリーガーのみならず、これを読んでいただいている皆さんも同じである。自分がやっていることを取り上げてもらいたいと思うことがあれば、記者さんや番組スタッフさんがかけている時間と同様に、自分自身にも時間をかけて、しっかりとセルフプロデュースすることをおすすめしたい。

やべっちFCの終了報道は残念だが、この報道をきっかけに、選手自身が発信する内容なども変わっていくことを望みたい。僕は、それを率先するJリーガーでありたい。(ニッカンスポーツ・コム/サッカーコラム「0円Jリーガー安彦考真のリアルアンサー」)

◆安彦考真(あびこ・たかまさ)1978年(昭53)2月1日、神奈川県生まれ。18年、J2水戸と40歳でプロ契約。19年にYS横浜へ移籍。開幕戦の鳥取戦で途中出場し、ジーコの持っていたJリーグ最年長初出場記録(40歳2カ月13日)を上回る41歳1カ月9日でデビュー。