ワールドカップに向けた日本代表の直前合宿。井手口陽介(21)はバックアップメンバーとして同行した。W杯メンバーと同じ練習をし、紅白戦になれば、FW浅野と端っこでボールを回す。落選した悔しさをぶつけるように、一切手は抜かなかった。7日、スイス・ルガノへ向かう経由地のミラノ・マルペンサ空港で井手口が落選後、初めて口を開いた。

 「ここに来て無駄になることなんかない。断る理由なんてない。全部自分の経験になる」

 5月31日。W杯メンバー発表会見で、西野監督から井手口の名前は呼ばれなかった。指揮官は「トップパフォーマンスになるというイメージを持てなかった」と説明。昨冬移籍したスペイン2部クルトゥラル・レオネサで出場5試合にとどまったことが影響した。

 昨年8月31日、W杯出場が懸かった最終予選オーストラリア戦で日本の2点目を決めた。豪快なミドルシュートで名を広め、20歳で初招集された代表での地位を徐々に高めた。そして、W杯を半年後に控えた今年1月にガンバ大阪からスペインへ移籍。その瞬間から井手口は落選も覚悟していた。

 「僕が選ばれへんかったら周りは『ガンバに残ってたら選ばれたのに』って言うと思う。確かにガンバなら試合に出られるのは保障されていたやろうけど。それじゃ意味ない。代表に選ばれて海外の選手とやらしてもらったからこそ、Jでやっていても意味ないって思えた。自分からここ(スペイン)に来た。良い状況であろうが悪い状況であろうが成長するため。結果、最悪選ばれへんでも、サッカー人生まだある。選手としてステップアップできれば一番いい」

 クラブで出場機会がなくても、日本代表の早川コンディショニングコーチから課された個人メニューをこなし、いつでも代表に加われる準備を整えた。1人で3部練習をすることもあった。クラブの練習後も近くの河川敷を走って体力が落ちないよう努力。全てを尽くした結果、落選したが、悔しさを受け入れた。G大阪の下部組織育ちのエリート。だが、根底にはいつも反骨心があり、向き合って成長してきた。だからこそ、今回も同行を決めた。

 G大阪時代同僚だったGK東口は「陽介はより強くなるためのステップアップやと思っている。大人になったな、と思う」。8年前に同じ立場だったMF香川も「彼らの立場は僕も経験しているから理解できる。そういう選手も大事」と後押しし、井手口は「(香川が)声を掛けてくれてありがたい」と感謝した。

 この半年間は試練の山だったが、腐らなかった。代表に外れた3月末、スペインで一緒に暮らしていた母亜紀子さんと部屋で2人になった。母から試合に出られない現状を「どう思っているの」と聞かれ、弱音1つ吐かず「気持ちは変わっていない。やるだけやから」と言い切った。そして母からはニーチェの言葉を贈られた。

 「足下を掘れ、そこに泉あり」

 今、自身が置かれる状況を受け入れて努力を続ける。するといつか光が見える。今の井手口にピッタリの言葉。4年後、必ず花開くと信じて、井手口は今日も練習を続ける。【小杉舞】

 ◆井手口陽介(いでぐち・ようすけ)1996年(平8)8月23日、福岡市生まれ。G大阪ジュニアユースからユースへ昇格し、高校2年だった14年3月、FW宇佐美(現デュッセルドルフ)以来となるユースからトップへの飛び級昇格を果たした。国際Aマッチ12試合2得点。家族は夫人と1女。171センチ、71キロ。