埼玉・正智深谷高校サッカー部に、2人のOBが、Jリーグ内定者として教育実習で母校に戻ってきた。立正大DF孫大河(22)と国士舘大FW梶谷政仁(21)。2人は来季からJ1サガン鳥栖の加入が決まり、孫は既に特別指定選手としてルヴァン杯で公式戦デビューを果たした。正智深谷高は、日本代表のW杯アジア2次予選・キルギス戦でハットトリックを達成したFWオナイウ阿道(25=横浜)、川崎フロンターレ在籍時の19年にルヴァン杯MVPに輝いたGK新井章太(32=千葉)ら、プロで飛躍する選手を輩出している。孫と梶谷は後輩に「考える力」「一致団結」の重要性を伝え、プロで先輩に続く活躍を誓い、現役高校生は先輩から刺激を受け、目標の全国大会出場に励んでいる。

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教育実習で、孫は日本史の教壇に立ち、梶谷は保健体育の授業を担当した。放課後は、サッカー部に顔を出し後輩と汗を流す。部員が練習中に、要求や指示などの声が少ない姿を見ると「もっと声を出してコミュニケーションを取ろう」と語りかけた。梶谷は「自分たちが高校のころ、試合中でも孫と言い合ってましたからね。それでもピッチを離れると普通に話していた」と懐かしむと、孫も「3月のデンソーカップで久しぶりに(梶谷と)一緒にプレーしましたけど、あうんの呼吸というか、通じるものがありました」と振り返る。大学で別の道を歩んだ2人が、プロで偶然にも同じチームとして第1歩を踏み出すのも不思議な縁だ。

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孫は高校1年生の時、腰椎分離症のけがで長いリハビリ生活を送った。試合に出場できたのは高校3年生だった。立正大入学後、さらに5センチ身長が伸び、現在は187センチ。左利きの大型センターバックとして花開き、複数クラブのオファーがあった中で鳥栖に決めた。「(鳥栖の)練習にすごく魅力を感じた。練習からスタッフも選手も細部にこだわり、練習から試合に出るというスタンス。ここなら成長できると」。大学では主将も務める。父子家庭で、食事の世話をしてくれた祖母ら家族に、プロになって恩返しをしたい気持ちも夢をかなえる原動力になった。

高校では、小島時和監督から「一致団結」の重要性を強く教えられたと振り返る。「まずは、チームを良くするために、を考えた。自分もやりますけど、チームのためにと」。大学では主将を任されるまでに人としても成長した。後輩に伝えたいこととして「自分は高卒では絶対にプロで通用しないレベルだった。ただ、自分を信じてやってきたことは、自分の中で自信はある。自分を信じるのは自分しかできない。絶対にプロに行ける、という気持ちを思い続けて欲しい」と話した。

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一方、梶谷は高校1年の時から試合に出場し、高校2年では全国高校サッカー選手権で得点をマーク。3年では主将を務めた。将来を嘱望されたストライカーで、国士舘大でも頭角を現していたが、今年春に左足を疲労骨折し手術を受けた。現在はリハビリ中で、関東大学サッカーリーグの後期での復帰を目指している。梶谷も複数クラブからオファーを受けていたが、手術後も「ぜひ来てほしい」と熱心に誘ってくれた鳥栖に加入することを決めた。梶谷は「自分に持っていないプレースタイルの林大地選手がいる。体の使い方、ゴール前の動きだし。自分の成長を後押ししてくれる、人から盗めるような選手がいるチームに行きたいと。鳥栖に決めたら、(孫)大河がいたという感じです」。

正智深谷高では、監督やコーチから、1から100まで戦術や考え方を与えられることはなかった。だからこそ「自分たちが今、何をするべきか、何が必要か」を考えるようになった。梶谷は言う。「大学に行ったら、もっと自分たちで考えないといけない。大学こそもっと自由。24時間で、どれだけサッカーにあてられるか。なおさら自分で考えて行動しないといけない。その重要性を高校の時に養えたのは大きかった」。

全国大会に出るために、戦術、動き方など何から何まで教える指導もある。目標達成のためには、それが近道かもしれないが、正智深谷高ではあえて全部を与えず、選手たちに考える幅を与えているように思う。だからこそ、大学やプロでのびしろのある人材を育成できているのだろう。

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2人のプロ内定選手が、教育実習生として練習に来ることで、現役の高校生も目を輝かせている。「サッカーノートを見せてください」「どのように筋トレをしたらいいか」など先輩に質問ぜめだ。主将のMF寺田海成(3年)は、梶谷からサッカーノートを見せてもらった。1日のスケジュールの予定が事細かに書かれ、練習の反省やチームの改善点などがぎっしり書かれていた。「無駄な時間を過ごさない意思が感じられて、これが、上に行く人だと思った」と寺田主将。「OBの方々の活躍は刺激になる。自分たちもここからプロを目指してやっている選手が多い。インターハイ、選手権、目標に向けて刺激をもらっている」と話す。孫と梶谷はプロから日本代表へ、正智深谷の現役選手たちは全国大会へ-。それぞれの目標に向かって進んでいる。【岩田千代巳】