日本代表の次期監督に、U-21(21歳以下)日本代表の森保一監督(49)の就任が26日、決定した。

 サンフレッチェ広島、京都サンガ、ベガルタ仙台でプレーした、元Jリーガーとして初の日本代表監督が誕生した。森保新監督は「Jリーグでプレーし、監督をさせていただいた経験があったからこそ、この場にいられる」と、自身を選手、指導者としてプロフェッショナルに磨き上げた、Jリーグに感謝した。

 同日、都内で行われた会見の冒頭で、日本サッカー協会(JFA)の田嶋幸三会長(60)と関塚隆技術委員長(57)が、新監督決定に至る経緯を説明した。田嶋会長は「ワールドカップ6大会出場…日本のサッカー、システムを熟知した人でやるべきではないか? 日本のサッカー環境で育った方が望ましいのでは…」と、Jリーガーから指導者に転じた人材が、代表監督になる時期に来たことを強調した。

 川崎フロンターレ、ジュビロ磐田、ジェフユナイテッド千葉で監督を歴任した関塚技術委員長も「世代交代、ワールドカップの検証、日本サッカーが進んできた中で、日本でプレーヤーとして実績を残し、指導者としても任せられる人材が育ってきたと技術委員から話もいただいた。森保さんが1番の適任者だと感じた」と、Jリーグでプレーを磨き、そこから指導者に進んだ森保氏が新監督に適任だと強調した。

 森保新監督は「私が大好きなサッカーに携わって仕事が出来るのも、おふたりと協会の覚悟があるから」と田嶋会長、関塚技術委員長に感謝した。そして「私は少年時代から、代表の監督に就任させていただくところまで、本当に多くの指導者、関係者…いろいろな方に指導、教育いただきました」と、子どもの頃からの指導者たちにも感謝した。

 その上で、長崎日大高から1987年(昭62)にJ1サンフレッチェ広島の前身の日本サッカーリーグ・マツダに入団してからの、自身の歩みを踏まえ「高校を卒業し、広島に出て選手を目指す時、日本サッカーはアマチュアの日本リーグでした。そこからJリーグが出来て、プロという夢を見させていただき、代表としてもプレーさせていただき、Jリーグで監督させていただいた経験があったからこそ、今この場所にいられると思い感謝したい」と声を大にした。

 また04年1月に現役を引退し、指導者に転じてから、育成年代の指導に携わる全国のトレセン活動(ナショナルトレーニングセンター制度)に触れたことが大きかったと語った。トレセンはナショナル、9地域、47都道府県、地区トレセンと全国で指導が行われている。森保新監督は「トレセンが大きかった。(指導者は)仕事もあり、自チームもあり(その上で地域のトレセン活動でも指導し)自己犠牲もあり、育ててくれている。クラブ、協会で見させていただいた。そういう方の努力があって選手が育ち、仕事させていただく代表、五輪に選手を送り出してくださる」と全国の指導者に心の底から感謝の意を表した。

 その上で「全ての指導者の努力、環境をつくってくださる努力があって、すばらしい選手を見て、日本を代表として戦えることを忘れてはいけない。そういう方の気持ちを背負って戦うことを肝に銘じて戦いたい日本サッカー界は長い歴史がある。多くの先輩が経験を重ね、積み、その上に自分たちの活動がある」と日本サッカーの先達達の上に、代表監督の就任があることを、自らに言い聞かせるように強調した。【村上幸将】