11月20日開幕のワールドカップ(W杯)カタール大会に向け、過去3度の日本の1次リーグ突破の瞬間を現地で取材した記者が、それぞれのチームの転機を踏まえ森保ジャパンを考察する連載。最終回は前回18年ロシア大会、西野ジャパン担当が感じたこと。

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パリと名古屋。前回のW杯が行われたロシアから遠く離れたこの2つの都市で、ほぼ同時期に起きたある出来事が、2カ月後の本番での日本躍進への転機となった。4年たった今も、私はそう信じている。

18年4月7日の午後6時、パリ。極秘渡欧していた日本協会の田嶋会長がハリルホジッチ監督をホテルに呼んで解任を告げた。指揮官は、ロシアの事前キャンプ地視察などのため欧州滞在中だった。

まさに電撃解任。当時、田嶋会長は、言葉を選ぶように、「選手とのコミュニケーションや信頼関係が多少薄れた」などと説明した。実際は聞く耳を持たない指揮官と多くの選手との間にはすきま風が吹き、もはや笛吹けど踊らずといった状態。末期だった。

田嶋会長は、パリに飛ぶ前に西野技術委員長を訪ねている。それが4月3日、名古屋。西野氏はなぜか、さいたま市内の自宅ではなく、かつてクラブの指揮を執り、暮らしていた名古屋にいた。その理由は謎だが、とにかく、名古屋でのトップ会談で監督解任-西野氏就任の流れができあがり、パリで仕上げられた。

もし、ハリルジャパンのままロシアに向かえば、開催地にたどり着く前に空中分解していたのではないだろうか。対照的に、選手ファーストというか、選手任せで、不思議なまでの勝負強さを誇った西野ジャパンだから、1次リーグを突破できたとみる。

世界の強豪がしのぎを削るW杯。強くない日本が勝ち上がるためには、まだ、劇薬を使うしかない。1つの例が、監督を代えるか、さもなければ、監督が劇的に変わるか。

今回は森保ジャパンのままカタールに行くことになる。11月1日発表の26人も、おそらく判で押したようなメンバーだろう。勝ち上がるための劇薬は、凝り固まっているようにうつるスタメンのてこ入れしかないと感じている。(おわり)