プレーバック日刊スポーツ! 過去の1月8日付紙面を振り返ります。2001年の東京1面は全国高校サッカーで国見が大久保嘉人の決勝点で決勝進出した記事でした。

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 日本ユース代表MF大久保嘉人(3年=国見)が、世界へ大きな1歩を踏み出した。富山一との準決勝に臨んだ大久保は、後半12分に鮮やかなハーフボレーで決勝点をマーク。チームを7年ぶりの決勝に導くとともに、非凡な才能を見せ付けてフル代表入りへ絶好のアピールをした。6月のワールドユース(アルゼンチン)の司令塔としても期待される天才MFはきょう8日、国立競技場で草津東(滋賀)と決勝を争う。

 飛び出したのは、大久保だった。後半12分、右サイドを駆け上がった俊足FW松橋の低いクロスに反応した。富山一DFの間に割って入り、滑り込むように右足を合わせた。バウンドの直後をたたいたボールは、豪快に右サイドネットに。1万8000人のスタンドが揺れた。

 「松橋のボールが良かったから。練習でいつもやっている通り。この辺りかなと思って、スライディングはとっさの判断」。淡々とした表情で話した言葉に、天性のセンスがあふれていた。味方からのボールに対する判断力、一瞬のスピード、抜群のボディーバランスとボールコントロール。天才が生んだ1点だった。

 苦しい試合だった。富山一にペースを奪われた。しかし、先制後は大久保の「独演会」。マークが1人ならドリブルで抜き去り、DFを引き寄せてはパスを通す。コースがあけばすかさずシュート。この日放った8本は、両チーム合わせてダントツ。小嶺総監督が「何をするのか分からないときもある」というプレーは、味方の2トップさえ戸惑わせる場面もあった。常識を超えるプレーが武器だ。

 ワールドユースの司令塔としても期待される。過去、95年の中田英(ローマ)97年中村(横浜)99年小野(浦和)と、ユース代表の司令塔は、いずれもA代表の主力になった。大久保のセンスを見た日本サッカー協会の藤口光紀技術委員(51)は「上(A代表)でやらせたい。トルシエ監督も今日の試合をテレビで見て感じると思う」と、ユースを飛び越えての抜てきも口にした。

 昨年8月にU―19代表に招集されたばかりだが、代表へのこだわりは人一倍。昨年末、福岡県苅田町の実家に協会から代表ユニホームが5着届けられた。モデルチェンジされるため、旧式のものが代表選手に送られたのだ。大久保は2着を母千里さん(46)に持ってきてもらった。前夜は、普段は持ち帰れない「宝物」を仲間と着回し、記念撮影をしてはしゃいだ。

 「国立は観客の声がすごい。芝も気持ちいい。得点王も取れたらいいけどチームが勝てればいい」。天才司令塔は、フォアザチームを誓った。卒業後は、活躍の場をC大阪へ移す。そしてワールドユースで世界へ飛び出す。その先には2002年W杯。「国見の大久保」として最後のプレーはきょう午後2時、国立でキックオフされる決勝戦になる。

 ◆ワールドユース選手権

 20歳以下の選手によって結成された代表チームの世界一決定戦。今年は6月17日から7月7日まで、アルゼンチンで開催される。日本は過去12大会のうち、4大会に出場。中田英を擁した95年カタールでベスト8入り、中村が率いた97年マレーシア大会でも連続8強入りし、小野が主将を務めた99年ナイジェリア大会では準優勝した。大会は77年のチュニジア大会から隔年開催でスタート。

 ◆大久保嘉人(おおくぼ・よしと)1982年(昭57)6月9日、福岡県苅田町生まれ。南原小1年の時、苅田スポーツ少年団でサッカーを始める。国見中2、3年で全国大会8強。U―19日本代表で、アジアユース選手権にも出場。趣味は読書。好きな選手はアルゼンチン代表FWオルテガ(リバープレート)。卒業後のC大阪入りが内定している。家族は父克博さん(49)母千里さん(46)姉久美さん(20)妹鮎美さん(13)。169センチ、61キロ。A型。

※記録と表記は当時のもの