ビジネス界出身ながら世界水準のリーグを目指して3期6年目のJリーグ村井満チェアマン(59)が、日刊スポーツに「無手勝流(むてかつりゅう)」と題したコラムを執筆。今回は「育成改革」について。

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チェアマン就任後、観戦した試合のメンバー表を観戦録として保存しています。その数は560枚、ファイル16冊に及びます。スタジアムだけでなく、ファンやサポーターが集う居酒屋や名所旧跡にも立ち寄ることもしばしばです。

先日は鹿児島ユナイテッドFCを訪ねました。試合後にクラブスタッフと鍋を囲んだ際、「西郷どん」から鹿児島の歴史・文化・食の話へ。広報担当の女性が歴史に詳しかったのも手伝い、薩摩の魅力に強く引き込まれてしまいました。

単純な私は翌朝、午前6時に1人で鹿児島の探索へ繰り出しました。西郷隆盛誕生の地と大久保利通生い立ちの地は歩いて5分ほど。狭いエリアで多くの偉人を輩出できた理由は、郷中(同一地域内)の人が教え合う当時の自治の教育システム「郷中(ごじゅう)教育」にあると言われています。西郷や大久保を登用し、積極的に海外の技術に学んだ藩主・島津斉彬を祭る照国神社、西南戦争の薩軍本営跡となる城山と巡りました。

歩き続けた2時間半、ずっと「人を育てる」ことを考えていました。「30年までに日本型のフットボール人材育成システムで、世界最高水準の選手・指導者・スタッフを輩出している状態を目指そう」と話し合っているJリーグは今年、選手・指導者の育成改革に大きくかじを切りました。「ホームグロウン制度」を導入し、J1クラブには自クラブで育成した選手の登録を義務付けました。まさに「郷中教育」のJリーグ版です。今後J2、J3にもその幅を広げ、登録人数も増やしていくつもりです。

選手育成の“権威”も招きました。イングランドは17年のU-17ワールドカップ(W杯)とU-20W杯で優勝し、昨年のW杯ロシア大会では大幅な若返りを実現してベスト4入り。まさに育成の勝利でもありました。その陰の功労者ともいえるテリーとアダム両氏を招くことに成功したのです。彼らの育成の持論は中央集権型ではなく「郷中教育型」。地域の歴史や風土・文化から派生する人間の気質を見極め、目指すクラブ像、サッカースタイル、人材像の言語化・実践を強く求めています。彼らも日本に住み、Jリーグのオフィスへ出社し、クラブに足を運んでいます。彼らの知見の日本化が進み始めているのです。

Jリーグの育成改革を我々は「Project DNA」と命名しています。「Developing Natural Abilities」というサブタイトルで、本来の“遺伝子”に「選手や指導者が本来持つさまざまな資質を紡ぐ」という意味を加えました。「紡ぐ」とは綿や繭などから繊維を引き出し糸にすることです。個性あふれる選手や指導者の資質を紡いで、ワールドクラスの選手を育て輩出したい。城山を登りながら、その決意を新たにしました。

◆無手勝流(むてかつりゅう) 無手をもって(=武器を使わないで)戦いに勝つ、という意。サッカー界の外から着任した村井チェアマンならではの挑戦をイメージ。サッカーが手を使わないことにもかけている。

◆村井満(むらい・みつる)1959年(昭34)8月2日、埼玉・川越市生まれ。浦和高サッカー部ではGK。早大法学部卒業後、83年にリクルートセンター(現リクルートホールディングス)入社。00年に同社人事担当執行役員に就任。その後、リクルートグループ各社の社長を歴任した。08年7月にJリーグ理事就任。14年1月に第5代チェアマンに就任し、現在は3期6年目。家族は夫人と1男1女。