日本で唯一2度のFIFAワールドカップ(W杯)指揮を誇る岡田武史元監督(66=日本サッカー協会副会長)が、約40年にわたって密着してきた日刊スポーツの歴代担当記者と「岡田武史論」を展開した。第4回はデジタル編集部の望月千草部員と18年ロシア大会担当で司会の木下淳記者編。

 

4年に1度のW杯カタール大会にはサッカー人気の復調も期待される。「次はサッカー担当をしたことのない人間の視点で質問させてください」。そう岡田武史氏にお願いすると「どうぞ」と井上真記者を見た。10年南アフリカ大会で岡田氏を猛烈に批判した男だ。

 

「いえ、僕じゃなくて…」。井上の小声に「お願いします」とかぶせたのは20代の女性社員だった。歴代の番記者以外に、普段は自社サイトを運営・編集する立場として駆り出された。

 

望月 野球担当しか経験ないんですが、居ていいんですか。ミドルシュートはどこから打てばミドルかすら分からないんですが…。

 

岡田氏がW杯で海外とのミドルレンジの差について熱弁している時、思った。

 

望月 素人同然の私の前に岡田さんが…。伝記上の人物かと思いましたが、せっかくのW杯イヤーですので学ばせていただきます。

 

日々感じていた、サッカーより野球の方が注目されがちな現状。日本代表戦でさえ、野球記事にアクセス数で下回る日が少なくないことが気になっていた。ストレートかつ、ぶしつけな質問に対し、岡田氏は目を真っすぐ見て答えていた。

 

「真摯(しんし)に受け止めないといけない」。副会長は私見として続けた。

 

岡田氏 興味がない、知らないという人がサッカーに接する機会が本当になくなっている。(基本月額3000円の)DAZNに加入しないとJリーグを見られない。代表も最終予選のアウェー戦が地上波で見られなかった。その放映権料でJは大きく発展した。それは素晴らしいことだけれど、我々には「次を考えないと」と危機感がある。多くの人が自宅で自然に見られる機会をつくらないと。

 

取材前、岡田氏を知る上司から人柄を聞いていた。「とっても懐の深い、ざっくばらんな方」と。確かに先輩との一問一答を見ていても心地良い軽妙さ。実は気難しいのでは? との先入観は薄れた。本当に記者会見の時だけペルソナ(仮面)をつけていたようだ。

 

サッカー離れの肌感覚も伝えてみると、岡田氏は「一方で6月のブラジル戦はチケットが取れないほどだったんだよ」と言った。FIFAランク1位の王国相手に、国立競技場の6万枚超は即完売状態。メッシ、ネイマール、エムバペのパリ・サンジェルマン(PSG)来日では川崎F戦に国立新記録の6万4922人が詰めかけた。国内も7月のJ1清水-横浜戦に5万6131人が集まっている。

 

岡田氏 いい傾向だと思っている。そもそも代表がサッカー界を引っ張っている国は世界でも珍しい。大国はクラブが中心。代表人気に頼ったままだと大変なことが起こる。26年からW杯の出場チーム数が増えて予選の価値が下がる。(アジアは4・5枠→8枠に増え)日本は確実に出られるので価値も、放映権料も激減する。スポンサー料も下がる。協会も、今の年間予算200億円を100億円ぐらいまで下げて運営する道を探らないといけない。

「今後は国内人気をクラブチームが高める」ことが必要だが、やはり夢舞台と代表には期待してしまう。

 

岡田氏 ブラジル戦のように、今回もW杯だけは見てみようという方は多いはず。大会が始まれば、そこそこの人気は出ると思う。

 

望月 おっしゃる通りでミーハー精神を触発されました。地上波で放送されたブラジル戦やPSG戦はテレビで見ましたし、スポーツへの興味が薄い人も高校野球の夏の甲子園だけは見たり。4年に1度の“特別感”は人を引きつけます。

 

1次リーグの相手はドイツ、コスタリカ、スペインと申し分ない。全てW杯では初対戦だ。「素人でも楽しめるポイントを教えてください!」。初歩的な質問は日本一の指導者にとって新鮮だったのか笑顔だ。

 

岡田氏 クラブだとハイプレスしてボールを速く回してと、どこも世界基準にサッカーが似通っていく。W杯は違う。国民性、民族性が出る。暑い国のサッカーはノンビリしているし、出られないけれどロシアなら無口で冷静とか。コスタリカのように陽気な国はリズミカルなプレーが出る。

 

注目の国は「日本しかないだろう」と一笑し「今は(オーナーを務めるFC今治の)J3と日本代表の試合しか見ていないんだから」と明かしながら語った。

 

岡田氏 サッカーはストレス性が高い競技。なかなか点が入らなくてイライラするけれど、一喜一憂が大きい。バスケットボールなど得点が多く入る米国発祥のスポーツに比べて、これだけサッカーが世界に広まったのは、国民が感情を爆発、発散できるから。そこもW杯で見てもらえれば。

 

いよいよ開幕まで50日を切った。4年前の「岡田武史論」大会展望ではMF乾貴士をキーマンに挙げ、見事にチーム最多2得点で日本の16強入りに貢献した。

 

岡田氏 また無理に予想させて派手な紙面にする気なのか、日刊は(笑い)。

 

一同うなずく。ロシア大会で乾の活躍を予感した(取材を受けた)のは、初戦コロンビア戦の5日前。今回は1カ月前だ。名将の直感が働くのは先だが、現時点で気になる選手はいる。

 

岡田氏 堂安(律)は面白いね。1度は代表から外されて悔しかったと思うけど、諦めずにもう1回ファイティングポーズを取って(先月の)米国戦に出てきて、闘志全開という感じを受けた。(前田)大然は迫力あったし、三笘もうまいけれど、どこかキレイ。その中で堂安には泥臭さとガッツを感じたよ。彼だけが「コノヤロー!」って、ボールを取られたら相手の体にぶつけてでも奪い返しにいって。テレビ越しでも感じた。悔しさから、はい上がってきたような強さを。

 

アイコンは人気定着に不可欠だ。野球ならエンゼルス大谷翔平やヤクルト村上宗隆、フィギュアスケートなら羽生結弦さん。勝手ながら岡田氏の門下生になったので、W杯は堂安の活躍に注目することを決めた。

 

岡田氏は最後、やはり監督にも目を向けていた。14年ブラジル大会で8強の国を率いたのは全て自国人。ロシア大会も8分の7が自国の指導者だったそうだ。

 

岡田氏 (06年W杯でイタリアを優勝に導いた)リッピが、同じイタリア人のカペッロに『いくらイングランドの監督として成功しても、自国の代表監督とは意味が違う』と言って、カペッロが何も言い返せなかったことを思い出したよ。

 

名将すら畏敬する「クレージージョブ」に森保一監督が挑む。岡田氏の体験を聞いて実感した。ネット上で噴出するバッシングは、ファンでなくても目を背けたくなる。ただ、勝敗関係なく一国を背負って戦う姿は、きっと多くの人を励ます活力になる。ネットを通じて森保ジャパンの奮闘を伝えていきたい。【デジタル編集部=望月千草、18年ロシア大会担当=木下淳】