その瞬間、大道場にいた誰もの視線をくぎ付けにした。7月、柔道の総本山、東京・文京区の講道館に、W杯で得点王となったキリアン・エムバペ(フランス)の姿があった。

所属のパリサンジェルマンには柔道チームもあり、会長が96年アトランタ五輪の決勝で古賀稔彦を破ったジャメル・ブーラ氏。かねて、サッカーチームが日本を訪れた際には、柔道を体験してほしいと願っていた。その縁で、試合の合間に、世界トップ選手が講道館に足を伸ばした。

合流が遅れたエムバペ。大道場の入り口にある大太鼓のそばに立つと、台座に軽く肘を乗せてポージング。誰もがその姿に見入った。案内役を務めた全日本柔道連盟事務局の今川ジャスティン係長は「オーラがありましたね、人を引きつける。すごく様になってて」と振り返る。

その後は、道着を着たいと望み、五輪2連覇の大野将平の技を間近で見ると、びっくりしたようにおどけた。怖い物見たさか、実際に組み合い、受け身も取った。逆に大外刈りを教わると、このW杯でも見せたような軽快な足さばきで、大野の足を刈ってみせた。

柔道はフランスでは競技人口が約80万人を数える。欧州でも広く普及しており、オランダのアヤックスのジュニアチームでは、受け身の練習で柔道を取り入れるなど、他競技にも生かされている。

決勝でのハットトリックは、66年大会にハースト(イングランド)が西ドイツ戦で達成して以来、56年ぶり2人目だった。今大会8得点でW杯通算12ゴールは、ペレ(ブラジル)の記録に並び歴代6位タイになった。まだ23歳。敗れはしたが鮮烈な印象を残した。もし柔道に真剣に取り組んだら…、と今夏の道着姿を思い出した。【阿部健吾】