元日本代表監督のフィリップ・トルシエ氏(67)が大会を振り返る「トルシエ主義」。第3回はVARと交代5人制がもたらしたポジティブな変革について解説。参加48チームになる4年後の大会や、これからの世界のサッカーにも言及した。今大会で注目されたPK戦についても重要性を強調し、具体的な対策について持論を展開した。【取材・構成 荻島弘一 通訳フローラン・ダバディー】

    ◇    ◇    ◇  

今大会で素晴らしい試合が多かった理由は、テクノロジーとルールの変化にあるといっていい。より精度が増したビデオ・アシスタント・レフェリー(VAR)と5人交代制によるものだ。新しいことが試されて、サッカー自体も大きく変わった。

最も注目したのは、本命といわれる強豪国が審判に守られることがなくなった点だ。小さなチームは強豪に遠慮し、萎縮してプレーしていた。強豪国は守られている自信を持って戦っていた。その大きな差が、VARで消えた。誰でも平等にルールに守られ、公平に戦えた。日本のスペイン戦2点目もそうだった。

ずる賢いマリーシアが使えないことは、弱者に有利に働く。今大会では、本命でないチームにも、等しくPKが与えられた。ペナルティーエリア内の反則が厳しく見られることで、GKは思い切ってプレーできるようになる。GK本来の良さも戻ってくるだろう。

5人交代制もサッカーを変えた。3人制だった以前はよほど大胆な指導者でない限り、選手の疲労や負傷に備えて2人を残し、戦略的に交代できるのは1人だった。特に前半はカードが切れなかった。5人になったことで、3枚を戦略、戦術的に使える。監督のサッカー脳が解放された。

より戦術が重要になり、試合中でも細かなコーチングが可能になる。選手の心理を考えても、以前なら23人の中で使われるのは15人前後で、残る8人には出番がなかった。それも変わった。今はベンチに座る選手が常に臨戦態勢で、心の準備をしておく必要がある。チームの雰囲気もよくなるし、一体感が生まれた。

今大会の特徴だったPK戦だが、これだけで大きな記事が書けるほど言いたいことがある。PK戦は技術、メンタル、GKの3つの側面がある。5回あったPK戦には、いろいろな教訓が含まれていた。

まずキッカー。日本選手にまねして欲しくないのはメッシ、ネイマールだ。最後までフェイントを入れながらGKの重心移動を見て蹴るのは、天才でないと難しい。エムバペのような強さ、回転力、正確性をまねすべき。強さは筋トレ、GKの手をはじく回転力は技術が必要だ。正確性、狙い所は統計。プランAが読まれた時、プランBを持つことも重要になる。

メンタルはPKスポットまで歩くときの呼吸法、ビジュアライゼーション(イメージの可視化)などがある。決勝でも見られたが威圧感のある相手GKを視野に入れない方法、審判との駆け引きも大切。日本にセットプレーのスペシャリストが少なかったことも問題だ。FKがうまい選手は、基本的にPKもうまい。

GKは、スペシャリストを養成することが必要かもしれない。3人ベンチに入れるなら、1人は専門家でもいい。PK戦に強いアルゼンチン、クロアチアにはPKに強いGKがいる。フランスも日本同様、PK戦には悩みを抱えている。事前にキッカーを決めず、練習もしないことは、フランス国民も批判している。今後、監督がどう考えるかだが、私はPK戦には力を注ぐ価値があると思う。

今大会で変わったサッカーは、今後4年間でさらに進化する。決勝のフランスは7人を入れ替えた(1人は脳振とう)。前代未聞だ。コーチングは積極的になり、逆転も増える。守り切ることは難しくなり、攻撃型のチームが増える。守備的なチームにも攻撃的なプランが必要になる。

戦術的には攻撃的にも守備的にも戦えるハイブリッド型が増え、見ている方には面白い。DFにはクロスやドリブルに加えてゲームメークのスキルも求められる。今大会ではサイド攻撃が目立ったが、チーム全体で幅を使う新たな戦術が生まれるかもしれない。

次の26年大会からは48チーム参加になる。最初は初出場のチームなどが大差で敗れる現象も起きるはず。しかし、普及のためにはいいことだ。次の大会はさらに面白くなる。カタール大会を見て確信している。(終わり)