6区(12・1キロ)で中山顕(Honda)が36分27秒の区間賞を獲得し、チームがトップに躍り出る快走を見せた。

6区で区間賞を取ったチームが9年連続で優勝している-。大会の結果を占う上で重要な区間で「9年連続で優勝していることは知っていたので、(区間賞を)なんとか取りたかった」と狙い通りの展開に持ち込んだ。

5キロ通過地点では首位三菱重工と20秒余り差があったが、粘りの走りで8・5キロ付近で捉えた。「1区から先頭を見られる位置で渡してくれたので、後は必死な思いで走りました」と中山。向かい風は得意ではないというが、他の選手の走りを研究した走りを見せた。

埼玉・伊奈学園総合から指定校推薦で入学した中大時代では、当初「準部員」扱いだった。「スポーツ推薦以外の選手も『走りたい』との思いで、練習にどんどん取り組んでいました。速い選手や先輩に、その日その日の練習から食らいついて、とにかく箱根に出たい気持ちでいっぱいでした」と語り、苦労人から日々の努力でエース格に成長した。箱根路も2回走った。

卒業した19年4月にHondaに入社。20年ニューイヤー駅伝では3区(区間2位)、21年も3区(同17位)を走った。マラソンの元日本記録保持者の設楽悠太ばかりが注目されていたが、若手が押し上げ優勝争いに食い込んだ。

創部51年での初優勝が懸かる中で、7区(15・5キロ)を走る土方英和にトップでたすきをつなげた中山。1期後輩のアンカーに向けて「土方も調子が良いので、このまま1位を死守して」と期待を寄せた。