陸上世界選手権は日本時間16日未明、初めての米国開催としてオレゴン州ユージンで開幕する。連載「パリへの新章」では、注目選手を紹介。第1回は田中希実(22=豊田自動織機)。女子中長距離のエースは東京五輪8位入賞の1500メートルに加え、800メートル、5000メートルと個人3種目に出場する。全ての種目で決勝進出を果たせば、10日間で8日間出走という過密日程。異例の挑戦に挑む。

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3つ目の切符を、田中は「運命」と捉えた。800メートルの代表に内定したのは、今月7日と本番の約1週間前。他国に辞退者が出たため、世界ランキングで滑り込む形となった。世界選手権の日本勢において、1大会で個人3種目に出場した選手はいない。前例のない挑戦。当初は辞退を検討していたが“第六感”は歓迎していた。

「それはそれでメッセージ的なものや、運があるのかもしれないと思った。悪く転んだとしても、良かったと胸を張って言えるような成績にしたいという自負はずっと残っていくかなと思う」

二兎(にと)を追う者は一兎をも得ず-。今回は“三兎”を追いかけるが、父の健智コーチも「3種目チャレンジは今しかできない」と意欲的だ。むしろ「思いがけず1年前倒しになった」と語る。「ブダペスト(23年世界選手権)は800メートルと1500メートル、パリ(24年五輪)は5000メートルと1万メートルをイメージしていた。800は来年に挑戦するはずだったんです」。計画を先取る形も、娘同様に前向きに捉える。

父は元実業団選手で、母千洋さんは北海道マラソンを2度制したランナーと“サラブレッド”だが、幼い頃から世界を目指してきたわけではない。「五輪選手になってほしいというのは全くなかった。自分たちが取り組んできた到達点に対して、どこまで近づけるか考えながら活動してきた」と健智コーチ。階段は一段ずつ駆け上がった。

4月から豊田自動織機に入社し、練習施設や遠征面などで、より強固なサポートを受けることになった。5月には世界最高峰のダイヤモンドリーグに出場と、国内の枠組みに収まらない。今回は3種目出場。田中の挑戦は続く。【佐藤礼征】

◆田中希実(たなか・のぞみ)1999年(平11)9月4日、兵庫・小野市生まれ。小野南中3年時に全国中学校大会1500メートルで優勝。西脇工高を卒業後、同大1年だった18年U-20(20歳未満)世界選手権で3000メートル優勝。19年世界選手権5000メートル14位。東京五輪では1500メートルで8位入賞、5000メートルは予選敗退。22年4月から豊田自動織機に入社。趣味は読書。153センチ。