阪神、ロッテで活躍した鳥谷敬氏(41=日刊スポーツ評論家)がアスリートに迫る「鳥谷敬VSパリ五輪の星」。

第5回は陸上男子100メートル日本記録保持者の山縣亮太(30=セイコー)との理論派対談だ。前編のテーマは日本短距離界。なぜ9秒台が増えたのか? 24年パリ五輪400メートルリレー金メダルに必要なモノとは? トップランナーの本音に迫った。【取材・構成=佐井陽介、上田悠太、佐藤礼征】

<前編>

鳥谷 山縣さんは29歳だった去年、9秒95で日本記録を更新されました。9秒台は20代前半のイメージだったので驚きました。17年に桐生選手が「10秒の壁」を破ってから、日本人選手の9秒台が増えましたね。

山縣 誰かが9秒台を出すまでは変に記録を意識しすぎたり、精神的なストレスや不安がありました。身近な人が超えたことで、伸び伸びと記録を狙えているのかもしれません。

鳥谷 技術的な進歩とは別に、やっぱり精神的な部分も大きいですよね。

山縣 1回目って難しいんです。意識するなと言われてもレースの度に9秒台の注目を浴びるし、なかなか平常心で臨むのは難しい。その中で1度突破口が開けて、気持ち的に軽くなったのかもしれません。

鳥谷 世界と戦うには9・8秒台が必要だそうですね。実際に海外の選手と走って違いは感じますか?

山縣 肌で感じるのは体の強さの違い。9秒台を出すための練習をしないといけないけど、日本人はまだ練習に耐えられる体ができていない。体に対するそもそもの理解、根っこが違っていて、ハードワークする精神力があっても体がついてきていない。陸上選手はこれからもっと長い時間をかけて、体に対する走り方を理解していく必要がある。情報もしっかり共有していくべきだと思います。

鳥谷 一方、400メートルリレーでは金メダルも狙える位置にいます。バトンワークなどでカバーしている部分も大きいのですか?

山縣 皆さんが思われているほど、日本のバトンワークに絶対的安全はありません。東京五輪(決勝でバトンが渡らず途中棄権)は金メダルを目指す中で37・4秒台がターゲットタイムでした。でも個人の力で考えると日本のアベレージは他国に劣る。そのタイムにどう近づけるかを考えた時、バトンでギリギリを攻めないといけなかった。周りの方が思っている以上に、まだ結構綱渡りをしているんです。

鳥谷 みんなの走力がもっと上がれば、バトンワークに余裕を持ちつつ上位を狙えるようになる、と。

山縣 それが理想です。もともと日本がアンダーハンドパスに切り替わった経緯も、走りやすさや加速のしやすさ、安全性、走者間の近さが売りでした。それも最近は手を伸ばして渡すようになってきて、安全性がなくなってきている。本当はアンダーで安全に行きながら決勝に悠々と通る、メダルを狙う地力を身につけなければいけません。      (後編に続く)

◆山縣亮太(やまがた・りょうた)1992年(平4)6月10日、広島市生まれ。修道中、高から慶大を経て15年にセイコー入社。12年ロンドン五輪、16年リオデジャネイロ五輪で100メートル準決勝進出。16年五輪400メートルリレーでは第1走者で銀メダルに貢献。18年ジャカルタ・アジア大会で10秒00の銅メダル。21年6月に日本人4人目の9秒台となる9秒95で日本新記録。東京五輪100メートルは予選落ち、400メートルリレーは決勝で途中棄権。177センチ。

◆鳥谷敬(とりたに・たかし)1981年(昭56)6月26日、東京都出身。聖望学園3年夏に甲子園出場。早大を経て03年ドラフト自由枠で阪神入団。1939試合連続出場はプロ野球歴代2位。17年に通算2000安打を達成した。19年オフに阪神を退団し、ロッテで2年間プレーして現役引退。13年WBC日本代表。11年最高出塁率、ベストナイン6度、ゴールデングラブ賞5度。180センチ、76キロ。右投げ左打ち。

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