阪神、ロッテで活躍した鳥谷敬氏(41=日刊スポーツ評論家)がアスリートに迫る「鳥谷敬VSパリ五輪の星」。第5回は陸上男子100メートル日本記録保持者の山縣亮太(30=セイコー)との理論派対談だ。後編のテーマは今後。右膝手術明けの今年7月、ライバルのサニブラウンが陸上世界選手権オレゴン大会100メートルで日本勢90年ぶりの世界大会決勝進出を達成。日本最速の男は今、何を思うのか。【取材・構成=佐井陽介、上田悠太、佐藤礼征】

<後編>

鳥谷 昨年10月に右膝を手術したそうですね。

山縣 経過は順調です。11月ぐらいに冬季練習に入って、12月、1月ぐらいには全力で走れたらと思っています。不安はあるけど、リハビリ中に機能改善にも取り組んでいて、そちらの変化も出てきています。

鳥谷 機能改善ですか。

山縣 僕の走りって左右差がすごく大きかったんです。陸上選手は左回りのトラックでずっと走る。100メートルは直線だけど、練習では200、300メートルでカーブも走るので、どうしても体がねじれる。すると体の左右差でクセが出て、ストレスが一カ所に集中して、弱い部分が出てしまう。そういう部分を変えていっています。理学療法士さんとも縁があって、たとえば足関節、股関節、上半身の肩周りの使い方で左右差を取ることをやっています。

鳥谷 若い時と比べて体の変化はありますか?

山縣 そうですね…。ちょっとヒゲが濃くなったぐらいですかね(笑い)

鳥谷 (爆笑)。それは体質の変化でしょ(笑い)

山縣 去年自己ベストを出してから練習の強度が上がって、回復が遅いなとは少し感じます。ただ、体が速く動かないとか、そういうものはないですね。あっ、ちょっと質問させてもらってもいいですか? 野球選手って、幼少期や高校球児の頃から体の使い方を教えてもらえるんですか?

鳥谷 捕り方や打ち方を教えてくれる人はたくさんいたけど、体の使い方は全然…。自分の体の動かし方を分かっているプロ野球選手は3割いたら良い方じゃないですかね。自分の場合は体の中心に力を伝えるため、右手、左手、右足、左足の4つをバラバラに動かすことを意識していました。トンボは羽4枚がバラバラに動くから止まれる。チョウは一緒に動くから止まれない。その原理で。

山縣 なるほど。東京ドームとかのベンチ前で投手が投げている姿を見て、手だけでなく肩甲骨も使って投げているな、負荷を局所に集めるのではなく分散させているなと、ずっと気になっていたんです。

鳥谷 多分、投手の方が体の使い方を分かっていると思います。どういう動きをするのか、すべて自分次第なので。打者は受け身なので、反応や感覚も重要になります。というか、野球観戦中にそんなことまで考えているんですか(笑い)

山縣 はい(笑い)

鳥谷 それでは最後に今後の目標を聞かせてください。7月のオレゴン世界陸上では、サニブラウン選手が日本人100メートル走者では90年ぶりに世界大会決勝の舞台に立ちましたね。

山縣 彼は元々すごい力のある選手。いつ決勝に行ってもおかしくないと思っていました。彼は股関節、上半身の連動に特徴があって、今回はその動きがさらに進化しているなと思いながら見ていました。そういう意味では彼の動きからも学ばないといけない。もちろん自分がそこにいなかったのは悔しかったし、自分が超えていくしかないと思って練習しています。

鳥谷 では今は24年パリ五輪、さらには日本人100メートル選手では32年ロサンゼルス五輪の吉岡選手以来92年ぶりとなる五輪決勝に向かっている感じですね。

山縣 向かっています。12年ロンドン五輪に出させてもらってから、五輪、世界陸上で決勝に行きたいと思い続けている。ケガを乗り越えて進化している手応えもある。今も走りが変わってきているのが楽しみで…。それを決勝進出や自己ベスト更新という形で表現できたらと思っています。

(前編から続く、完)

◆山縣亮太(やまがた・りょうた)1992年(平4)6月10日、広島市生まれ。修道中、高から慶大を経て15年にセイコー入社。12年ロンドン五輪、16年リオデジャネイロ五輪で100メートル準決勝進出。16年五輪400メートルリレーでは第1走者で銀メダルに貢献。18年ジャカルタ・アジア大会で10秒00の銅メダル。21年6月に日本人4人目の9秒台となる9秒95で日本新記録。東京五輪100メートルは予選落ち、400メートルリレーは決勝で途中棄権。177センチ。

◆鳥谷敬(とりたに・たかし)1981年(昭56)6月26日、東京都出身。聖望学園3年夏に甲子園出場。早大を経て03年ドラフト自由枠で阪神入団。1939試合連続出場はプロ野球歴代2位。17年に通算2000安打を達成した。19年オフに阪神を退団し、ロッテで2年間プレーして現役引退。13年WBC日本代表。11年最高出塁率、ベストナイン6度、ゴールデングラブ賞5度。180センチ、76キロ。右投げ左打ち。

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