ファイナリストの先へ。7月に米オレゴン州で行われた陸上世界選手権の男子100メートルで、五輪を含む世界大会で日本勢90年ぶりの決勝進出を果たしたサニブラウン・ハキーム(23=タンブルウィードTC)が9月1日までに単独インダビューに応じ、激走から1カ月を経た心境を明かした。「9秒80台」突入とまずは日本記録更新への決意を語り、来年の世界選手権ブダペスト大会、24年パリ五輪に向けて進化を期す。【取材・構成=佐藤礼征、木下淳】

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オレゴンの熱気が冷めやらぬ中、転戦中の欧州からオンラインで単独取材に応じたサニブラウンは、先月の“価値”の大きさをあらためて実感していた。

サニブラウン 決勝の舞台と(予選、準決勝を含めて)3本走った経験はものすごく大きい。もっともっといい結果を望んだ中、悔しい半分、うれしい半分、で終わったけれど、いい結果だったと思う。けがから戻ってきて収穫があった。

日本勢では32年ロサンゼルス五輪の「暁の超特急」吉岡隆徳以来90年ぶりの世界大会ファイナリストになった。7位入賞。予選では自身3度目の9秒台となる9秒98をマークした。向かい風で9秒台を出すのは日本人では初で、スケールの大きさを世界中に示した。

だが、納得していなかった。満足してはいけない思いが胸の内を占めていた。

サニブラウン 本当に「壁」と言うのであれば、やはり9秒90だと思う。そこ(9秒90)から先は一気に人数が減るし、メダルラインにもなる。本当の壁はそこだと思って狙っていく。

先月の世界選手権を制したフレッド・カーリー(米国)の優勝タイムは9秒86だった。昨夏の東京五輪はラモントマルチェル・ヤコブス(イタリア)が9秒80で金メダルを獲得した。“距離感”とともに、初日に予選、2日目に準決勝と決勝が続いた初体験のタイムスケジュールは身体的な負荷も大きかったと感じた。

サニブラウン 初日の予選は大丈夫だけど、2日目は準決勝が終わって1時間少しでコールルーム(招集所)なので。いかにリカバリーしつつウオームアップして決勝の準備をするか。備えられた人がメダルを取れる、と肌で実感できたところの収穫が一番大きい。

確かに日本勢ほぼ1世紀年ぶりのファイナルは、準決勝からわずか1時間50分後に迎えた。次へ、心身の“整理”をカギに挙げた。

サニブラウン できることは限られてくるので、いかに疲労を残さないようにするか。準決勝はほとんど全力で走っている部分もあるけど、そこを抜けて、またリラックスして臨むメンタルもそう。今回は、抜けて少し安心していた部分もあったので。そこでもう1度「行くぞ!」という集中力も大事。フィジカル面も、ものすごくハイレベルなところで3本走って「まだまだ行けるぞ!」としていくことが理想ですね。

同じ拠点で練習する銀メダルのマービン・ブレーシー、銅メダルのトレイボン・ブロメル(ともに米国)からも躍進を祝福された。

サニブラウン マービンからは、レース終わって取材前のミックスで「おめでとう」と言ってもらって。トレイボンも次の日に会った。チームメートで日々どれだけ努力し、あの試合に懸けていたか知っているので。とても悔しいけれど、どれだけ頑張ってきたか響いているので、うれしい部分もあった。コーチは大喜び。けが明けで日本人初だったので「よくやった」「ここまで長かったな」と。

本場で高め合い、当面は山縣亮太(セイコー)が持つ日本記録9秒95の更新を目指すことになる。自己ベストは9秒97で肉薄する。

サニブラウン 目指すなら一番上を目指したい。自分で限界を決めたくない。

目指す9秒80台という未知の領域に日本人で初めて踏み入ることになれば、おのずと記録は付いてくる。今季は世界最高峰「ダイヤモンドリーグ」で6月と8月に計2レースを走った。世界選手権の女子やり投げ銅メダリストで9月のファイナル(スイス)進出を既に決めた北口榛花(JAL)のように、常に世界のトップグループと研さんを積むことも肝要と理解する。

サニブラウン 世界陸上の決勝に出るような選手たちとのレースになる。世界陸上に向けて、またつくり上げていくために、ここで走るのはいい経験になる。次に生きる。この環境に慣れて自分の力を発揮できるかどうかが大事。もっと率先して、そういう大会に出て経験を積んでいければ。

プロ転向を表明した19年11月には、マネジメント会社UDN SPORTSとの契約も締結。東京五輪はヘルニアで200メートル予選敗退と苦い体験もした。現在は、会社が派遣してくれた栄養士と食の改善を図るなど万全の体制を整えつつある。視野も広がっていた。

サニブラウン プロのスプリンターとして、今後は子供たちに向けた活動や陸上の普及も考えられる選手でありたいですね。米国から日本に帰る機会も何度かあるので、オンラインでも対面でもスポーツの楽しさを子供たちにもっと知ってもらいたい。東京五輪は観客がいなくて、ものすごく寂しかった。支えてくださる方がいてこそのスポーツとも感じる機会だったし、競技で活躍する姿を見せるのも恩返しだけど、社会活動を支えてくださる方にも貢献したい。そのためにも今季の残りは、レースして楽しんで。けがせず来年に向けた計画を立てていく。

早くも1年を切った23年のブダペスト大会、24年パリ五輪、そして34年ぶりに東京で開催される25年の世界選手権へ。ビッグイベントが続く陸上界の主役になる日を見据え、海外列強を相手に鍛錬を積んでいく。

 

◆サニブラウン・ハキーム 1999年(平11)3月6日、福岡県生まれ。ガーナ人の父と日本人の母を持ち、小3で陸上を始める。15年7月世界ユース選手権100メートル、200メートル2冠。同年世界選手権北京大会は200メートルに同種目世界最年少16歳で出場し準決勝進出。東京・城西高卒業後、オランダを拠点に練習し17年秋フロリダ大進学、拠点を米国に。20年7月に休学し、現所属先に移した。190センチ、83キロ。

◆オレゴン世界選手権のサニブラウン 大会初日の予選で、自身セカンドベストとなる9秒98をマークし、組1着で突破。2日目の準決勝は10秒05の組3着ながら、タイムで拾われて決勝へ。同日の決勝は10秒06で7位入賞。金メダルは9秒86を記録したフレッド・カーリー(米国)だった。

○…ブダペストに向けて、サニブラウンは既に再スタートを切っている。8月6日にはダイヤモンドリーグ・シレジア大会に出場して10秒15(向かい風0・7メートル)をマークして7位。同30日にはスイスで行われた国際大会に出場。向かい風1・7メートルの悪条件で、全体5番目の10秒27を記録した。

○…時期は未定だが、サニブラウンは帰国したら好物のラーメンを食べたいという。米国にいろいろな種類を持ち込むほどで、福岡県出身のため豚骨系も愛しているが、お目当ては「ラーメン二郎」だ。「ここ3、4年、なかなかタイミングが合わなくて悔しい思いをしてるんですよ。朝9時からラーメンはきついし、いい時間に行くと結構並んでて。でも甘えるのは良くないですよね。次は並ぶかも」とストイックな一面? を見せた。実現した場合は目立ちそうだ。