新型コロナウイルスが学校生活に暗い影を落とす。オリンピックイヤーを迎え、「スポーツの年」となるはずだった2020年の春、子どもたちは休校で行き場を失った。

3月半ば、首都圏のあるスポーツ広場へ足を運ぶと多くの小学生の姿があった。親子でサッカーをしていた男性は「遊び場難民であふれてます。平日の昼間はすごい」と笑った。

その広場の片隅。1人で黙々とサッカーの練習に励む高校生がいた。4月から3年生のコウタ(仮名)だった。通う学校は2月29日に早々と休校を決め、部活動も休止となった。そのため毎日のように、この広場に足を運んでいた。

「春休みにいくつか大学の練習に参加する予定でしたけど、それがなくなりました。大会も何もないし、進路も心配です」

寂しそうにつぶやいた。

通う高校の名前を聞けば、誰もが知るスポーツの名門校だ。近年はサッカー部もJリーガーを輩出するなど、着実に実績を残している。コウタは1年から試合に出場し、2年だった昨年は自らの活躍もあって全国大会に出場した。今年はエースFWとしての活躍が期待され、将来はプロ選手になることを思い描いている。

「4月の春休み明けに学校が始まるので、そこから部活は再開になります。1人だと練習するのにも限界があります。早く仲間とサッカーがしたいです」

そう話していたが、願いは届かなかった。ウイルスの感染拡大は広がり、4月に入るとすぐ、5月のゴールデンウイーク明けまで休校期間の延長が決まった。もちろんサッカー部の活動も白紙になった。

どういう思いで過ごしているのか? 広場に足を運ぶと、いつもと同じ場所にコウタがいた。


1番大事な年に…

部活動が行えず、公園のグラウンドで過ごすコウタ(仮名)
部活動が行えず、公園のグラウンドで過ごすコウタ(仮名)

広場は閑散としていた。サッカーボールにちょこんと座り、ぼんやり遠くをながめていた。心ここにあらず。あいさつもそこそこに、言葉をかけた。

「再開の日を目指していたのに…、また延期となるとメンタルがやられて、しんどいです」

ぽつりとつぶやいた。昨年は1、2年生中心の若いチームで全国大会に出場した。今年にかける思いは格別だった。

「チャンスだったと思うし、自粛する前もチームは結構でき上がっていたし、それが一気にゼロになってしまったというか。何て言うんでしょ…」

パンデミックで世界中のスポーツイベントが軒並み延期、中止となり、誰もが長期戦を覚悟している。高校3年生、最後の夏となるインターハイも見えない。

「社会的にはウイルスが蔓延し、しょうがないですけど、その言葉で片付けられるのは嫌かな。この1年は人生の中で一番大事だと思っているし、自信もあったので…。悔しいです」

当たり前だった学校、そして部活がなくなってしまい、気持ちが沈む。そんな思いが痛いほど伝わった。

「部活のことを考えて生活しているから、なくなると本当に寂しいですね。12カ月ある中の1カ月がもう消え、高校3年の時間はどんどんなくなっていくので。再開したら全部楽しむというか。(学校生活は)当たり前じゃないなと思いながらやりたいと思います。もう戻れないので…。この時間を無駄にしないよう…。いろんなことに有効的に使いたいと思います」

必死に前を向こうとする言葉に、かえって苦しい胸の内が透けて見えた。


あの光景を再び

昨年夏に沖縄で行われたインターハイ、大会の様子(写真と文は関係ありません)
昨年夏に沖縄で行われたインターハイ、大会の様子(写真と文は関係ありません)

コウタの両親も歯がゆさを隠せない。父は苦虫をかみつぶすように「本当に1日も早く早く正常に戻ってもらいたい。今までやってきたことが無駄になるのが悲しいし、この学年だけが救われないことになる」。

家で過ごす時間が一日の大半を占めるようになり、母はコウタの様子をつぶさに見ている。

「この1年を最初からやり直したい、なんて言います。私にできることはご飯をしっかり食べさせること。腐らず、前向きに気持ちを持つように、いつ始まってもいいように準備しようねと言っています」

母は最近、1人で昨年のある公式戦のビデオを見たという。強敵相手に2点のビハインドとなるが、コウタの鮮やかなミドルシュートが決まり、残り20分から3点を奪う大逆転勝利。仲間と歓喜する姿があった。その光景をあらためて見た時、涙がほおをつたった。

「また、あの時のような時間が戻ってくるのかな、なんて思いました…」


オンライン自宅トレ

ピッチもスタンドも一緒になって戦う高校サッカー(写真と文は関係ありません)
ピッチもスタンドも一緒になって戦う高校サッカー(写真と文は関係ありません)

指導者はどういう思いなのか? コウタが通う高校へと向かった。春休み明けの始業日となるはずだった日、本来なら生徒の明るい声が響く校舎は静まり返っていた。今や“正装”となったマスク姿で先生たちは職員会議を行っていた。

校舎のエントランスには、数え切れないくらいのトロフィーが所狭しと飾られている。スポーツ名門校の矜恃にあふれる。しばらく待つとサッカー部の中山監督(仮名)が笑顔で現れた。教員歴30年を超えるベテラン。この4月からは3年の担任教諭でもある。

「本当に見えない敵とどんどん闘っていかなければいけない状況です。部員にはラインを使って自宅でできる体幹トレーニングのメニューを毎日配信しています。今は選手に体幹、ストレッチを重点的にやってもらっています。私からは外に行って走れとかボールを蹴れとか、言ってないです。それより命が大切です」

スポーツ名門校であるが、どこよりも早く部活動の休止を決断した。各部は3月の全国大会が中止となると、すぐに寮生を地元へと帰し、自宅待機させた。

「うちの学校は広範囲から通って来ます。電車を2本、3本と乗り継ぐと、どこにリスクがあるか分からない。部員に配信した連絡では、おじいちゃん、おばあちゃんと一緒に住んでいる選手や、お姉さんが妊娠して実家に戻っている家庭もあるだろうし、絶対に(家から)出るなと厳しく言いました。練習できないとかじゃないよ、と」


部活のある日常

休校中の状況について取材に応じた中山監督(仮名)
休校中の状況について取材に応じた中山監督(仮名)

コウタに会ったことを伝えた。先行きが見えない不安や、「仕方なかったよね」で終わりにされそうなことへの悔しさ。やり場のない彼の思いを伝えた。

「アイツは負けず嫌いでね。頭も良くて学業の成績もいい。素直ですし」。そう話してから、部員たちの心情を慮(おもんぱか)り、言葉を続けた。

「選手たちも心配になって電話をかけてきます。選手に言うのは、日本全国どこの高校3年生も同じだから慌てることはないよ。いずれ終息するからその日に向けて今、本当にできることをしっかりやろうって。終息して活動が始まったら、こっちもいろいろ考えていくから安心してくれ、と」

九州にいた20代の頃、素人集団の中学サッカー部を持った。子どもたち目線で飛び込んだら、ノビノビとプレーする選手たちはどんどん成長した。「私は怖くない先生」と笑う中山監督は、常に部員に寄り添い、自主自立をうながす。「上から言われてサッカーやっても楽しくない」。原則原理は言うが、選手がそう思ってプレーしたのなら、それが仮に間違いであっても否定しない。

「これだけサッカーができないことなんて初めてだし、考えてもみなかった。想像ですけど…、彼らがグラウンドに戻ってきて、楽しそうにサッカーする姿をただ見るだけで、もううれしいんじゃないですかね」

マスク越しの表情が和らいだ。部活が当たり前だった中、その日常の大切さに気付かされる。そして未曽有の緊急事態を迎えた中、指導者が抱く熱い思いと優しさが心に染みた。大丈夫、この難局を乗り切ればスポーツは戻ってくる。心を一つに今やれることをやろう-。そんなメッセージと受け止めた。


他者への想像力

サッカーのある日常が待ち遠しい。サッカーシューズとボロボロになったボール
サッカーのある日常が待ち遠しい。サッカーシューズとボロボロになったボール

あらためて思う、部活動での学びとは? 中山監督が説いたのは「縦のつながり、横のつながり」。社会の縮図ともいえる集団活動の中で、仲間への信頼と絆を強調するものだった。本筋であろう。その上で「他者への想像力」だと考える。

国内を見ても、感染被害の少ない地域では今なお、さまざまな部活動が行われていると聞く。ただ世界のパンデミック事情を鑑みれば「対岸の火事」ではない。例え周囲に火はなくとも、いつ煙が上がるか分からない。いったん炎上すると、社会システムを崩壊させてしまう人類にとっての大きな敵だ。「#家にいよう」運動が広がる中、今やるべきことは、ウイルスを終息させるための一致団結した行動である。

緊急事態下にあっては、部活動も「不要不急の外出」でしかない。1日も早くスポーツのある日常を取り戻すため、目先の活動より、心を一つに、感染を広げないための行動が求められる。それこそ他者への想像力であろう。

結局、コウタの高校が所属する地区のインターハイ予選は中止となった。その無念さは想像に難(かた)くない。だからこそ願う。みんなの部活、みんなの3年間。その3年目を失われたものにしないためにも、やるべきことはおのずと見えている。【佐藤隆志】