スノーボード男子ハーフパイプで平野歩夢の金メダルを見届けた直後、テレビの映像に目を奪われた。会場内に戻ってきた4位に終わったショーン・ホワイト(米国)が、平野を呼び止め、抱き締めたのだ。新たな王者のヘルメットをポンとたたき、満面の笑みで祝福の言葉を伝えると、競技後も表情が硬かった平野が、みるみる相好を崩した。

前回の平昌大会では決勝で一騎打ちを演じた。ともに空中で縦2回転+横4回転する大技「ダブルコーク1440」を連続で決めた。2回目にトップに立った平野を、3回目にホワイトが逆転した。「アユムのおかげだ。背中を押してくれた彼に感謝したい」の勝者の言葉に感動したことを思い出した。五輪で3度頂点に立った35歳のホワイトは、今大会での引退を表明していた。

金メダルを決めた平野の「トリプルコーク1440」(縦3回転+横4回転)は、激闘を演じたライバルを超えるために、身に付けた新たな武器だった。スポーツの競争とは相手を打ち負かすことではなく、互いに高め合うことなのだ。そして、ライバルは敵ではなく、実は味方なのだということを、この日の美しき2人の物語が教えてくれた。

同じような映像の記憶がある。08年北京五輪の競泳男子100メートル平泳ぎ決勝。金メダルが決まり、雄たけびを上げる北島に、3つ隣のレーンを泳いだブレンダン・ハンセン(米国)が近寄り、抱き合った。世界記録を何度も塗り替えた宿敵同士。北島は彼に勝つために、ストローク数を少なくする新しい泳ぎを習得した。五輪連続2冠の偉業は、よきライバルとの切磋琢磨のたまものでもあった。

ライバルにまつわる話をもう一つ。ソチ五輪フィギュアスケート女子の金メダリスト、金妍児(韓国)は、2位になった04年ジュニアGPファイナルで、優勝した浅田真央の才能に驚き「どうして、あの子が私と同じ時代に生まれたのだろうと思った」と後に自伝で本音を語っている。その高い壁が成長の原動力になった。2人いたから、世界の頂点にたどりついたのだ。「お互いに刺激をもらいながら、スケート界を盛り上げられた」は、引退会見の浅田の言葉である。

もっとも五輪にかかわるライバル物語は、美談だけではない。視線すら合わせようとしない選手も多い。94年にはリレハンメル五輪選考を兼ねた全米フィギュアスケート選手権で、ナンシー・ケリガンが、トーニャ・ハーディング(ともに米国)のボディーガードと元夫に襲撃されるという事件も起きた。ともに五輪でメダルを争うライバルでもあった。

肥大化した五輪は、注目度も、動くお金も桁外れだ。メダルの色が、その後の人生まで左右する。薬に頼ってライバルを出し抜く者も後を絶たない。心が汚染されるようなニュースも多い。だからこそ勝敗を超越した平野とホワイトの抱擁は輝いて見えた。試合後、平野は「ホワイトはずっとチャレンジし続けて、そういう姿をいつも見せてくれた」と敬意と感謝の言葉を述べた。それこそがスポーツのなのだと思った。【首藤正徳】(ニッカンスポーツ・コム/スポーツコラム「スポーツ百景」)

スノーボード男子ハーフパイプで金メダルを獲得した平野歩は日の丸を掲げる(撮影・パオロ ヌッチ)
スノーボード男子ハーフパイプで金メダルを獲得した平野歩は日の丸を掲げる(撮影・パオロ ヌッチ)
スノーボード男子ハーフパイプ決勝3回目を終え、涙する米国ショーン・ホワイト(撮影・パオロ ヌッチ)
スノーボード男子ハーフパイプ決勝3回目を終え、涙する米国ショーン・ホワイト(撮影・パオロ ヌッチ)
男子ハーフパイプの競技を終え、ショーン・ホワイト(右)と笑顔で話す平野歩(AP)
男子ハーフパイプの競技を終え、ショーン・ホワイト(右)と笑顔で話す平野歩(AP)