大音響のヒップポップに軽快なDJ、ビール片手の若者が大歓声をあげる。2年前、広島で行われた都市型スポーツの世界大会「FISE」は、東京オリンピック(五輪)の予行演習のはずだった。多くの組織委関係者が視察し、森喜朗会長(当時)も「東京五輪の中心が、これになる」と、笑顔だった。

東京五輪から採用されるスケートボード、スポーツクライミング、自転車BMXフリースタイルなどが行われ、広島市民球場跡地には3日間で10万人が押し寄せた。自由なスタイルでトップ選手のパフォーマンスを楽しむ雰囲気は、まるで音楽フェス。BMXの中村輪夢は「選手とファンが1つになるのが、僕らのカルチャー」と話していた。

若者の五輪離れを危惧するIOCと組織委は、この「FISE」を手本に「アーバンクラスター(都市型会場群)構想」を持っていた。湾岸エリアの青海と有明を中心に若者受けする新種目を集め、そこに「にぎわい」を作るのが狙い。その「クラスター」が大会の中心に考えられていた。

青海・台場地区と有明地区を結ぶ東西2キロの「オリンピックプロムナード」を囲むように7つの競技会場では、五輪9競技、パラ5競技が行われる。競技体験や練習見学、大会パートナー企業による多彩なコンテンツなど観戦チケットなしでも楽しめる計画。組織委は「大会の発信地」とする湾岸副都心エリアを「トーキョーウォーターフロントシティ」と名付けた。

大会中に多くの人を集めることが目的なだけに、新型コロナ禍では「密」の不安がぬぐえない。大会の観客数については21日に発表されるが、有観客となる見込み。1会場の観客上限が「政府の基準に従って」となるのは分からないではないが(尾身提言との整合性は置いておいて)、会場群となると話は変わる。

「ウォーターフロントシティ」の7会場は、最も収容人員が多い有明テニスの森でも1万9900人。有明アリーナが1万5000人で続き、最小は有明アーバンスポーツパークの7000人。問題なのは入れ替え制ということ。1日3試合のバレーボールでは、有明アリーナに計4万5000人集まることになる。

最もこのエリアに観客が集まるのは、開会式直後の7月25日。仮に観客制限がなく満員になれば、6会場で17万2300人。政府基準に合わせて「50%以内かつ1万人以下」で計算すると8万7900人になる。「5000人以下」にすると、約2万人減って6万7950人。この人数が1日で青海・台場と有明エリアに集まるというわけだ。

これだけではない。もともと「観戦チケットがなくても、五輪ムードを満喫できる」として整備されたプロムナードには、聖火台も置かれる。もともとは「人を集める」のが目的だったが、今は「人を集めない」ことが重要になる。寂しいことだけれど、いかに観客に直行直帰を促すか。国民に対する感染対策は「観客の上限」だけではない。

東京都の感染者数は下げ止まり。リバウンドの兆候さえある。ワクチン接種が進んでいるとはいえ、五輪には間に合わない。首都圏各県に続いて、東京都もパブリックビューイングの中止を決めた。「五輪は家で見る」が新型コロナ禍での新しい生活様式になる。

2年前に広島で味わった高揚感は、新型コロナによって吹き飛ばされた。今はただ、五輪からパラリンピックと無事に乗り切ってほしいと思う。五輪が悪者にされるのだけは、何としても避けてほしい。五輪に新しい価値を生み出す「アーバンクラスター」を新型コロナの「クラスター」にしないために、国と都、組織委には会場以外での感染症対策も徹底してほしい。【荻島弘一】(ニッカンスポーツ・コム/記者コラム「OGGIのOh! Olympic」)