「金メダル30個という目標にはこだわらない」。6月28日、JOCの山下泰裕会長は言った。新型コロナの感染拡大は収まらない状況で、メダル数を口にするムードではない。「選手たちがそれぞれの夢に向かってやってきたことを出してくれれば十分」と、苦しい胸の内を言葉にした。

「金メダル30個」がJOC強化本部長(当時)の山下氏から私見として飛び出したのは4年前、17年10月だった。各競技団体とのヒアリングを重ね、18年6月のJOC理事会で正式目標になった。その後、スポーツ庁もこれを受けて強化費などの支援を決定。過去最多の金メダル獲得が、国をあげての目標になった。

もっとも、大会は新型コロナで延期。山下氏は「当時と前提条件が大きく変わった」と説明した。30個は19年の世界選手権などから導いた数字。選手の力は1年で変わるし、出場選手の顔触れも違う。国際大会の中止や延期で世界の情勢も見えにくい。「30個」の根拠も希薄になった。

大会成否のカギは「日本の金メダル数」から「感染防止」に変わったが、開幕すれば選手たちの活躍に目がいく。開催に懐疑的な意見の人も「日本選手には頑張ってほしい」という思いのはず。こんな時代だからこそ、選手たちの頑張り(メダル獲得)は心に届く。

「金メダル30個」は高い目標か。個人的には「達成可能」に思える。競技成績だけを考えれば、今の状況は日本選手に優位(もちろん例外はあるけれど)。不謹慎なことを承知で書けば、現在の状況が日本のメダルラッシュにつながる。

出場を辞退する選手もいる。サモアの重量挙げは、参加を取りやめた。野球の台湾やオーストラリアなど予選の段階で棄権した国もある。テニスやゴルフなどのトッププロにも不参加が目立つ。今後、日本の感染状況次第では辞退選手が出てくるかもしれない。

コンディションも問題。多くの事前合宿が中止になった。時差や日本特有の高温多湿に慣れるためには早く来日して体を慣らすことが重要だったが、それができなくなった。調整不十分のまま本番を迎える選手が増えるのは間違いない。

来日後の選手のストレスも心配になる。大会組織委は「プレーブック」で行動を厳しく制限。その中でモチベーションを維持し、高いパフォーマンスを出すのは難しい。仮に破れば、資格停止もある。心身ともに万全な状態で臨むのは、決して簡単ではない。

競技の差こそあれ、日本選手は恵まれているのではないか。海外に出られないマイナスはあるが、国内でじっくりと鍛えた選手もいる。「1年で成長できた」という選手も少なくない。さらに、日本選手は「日本流」の感染対策にも慣れている。新型コロナ禍だからこそ「地の利」は普段以上に大きくなる。

将来「金メダリスト」の前に「あの東京五輪の」が付くかもしれない。確かに、ライバルの不在や調整不足でとれるメダルもあるだろう。ただ、少し乱暴に言えば、手にしてしまえば同じメダル。状況がどうであれ、価値は変わらない。

1984年ロサンゼルス大会は、ソ連や東ドイツなど当時の強国がボイコットした。大量メダルが期待されたし、実際に金10個、総数32個を獲得(88年ソウル大会は金4個、総数14個)した。それでも、今「不完全だったから」とは誰も言わない。山下会長がケガをおして悲願の金メダルを獲得し、国民栄誉賞に輝いたのもこの大会だったのだ。

過去に金メダルを量産してきた柔道、体操、レスリング、競泳の「御四家」はもちろん、陸上、バドミントン、卓球、追加種目の野球・ソフトボール、空手、スケートボードなど金メダル候補は多い。メダルラッシュは確実、毎日君が代を聞くことができるかもしれない。「金30個」は可能。どんなに暗い話題が続いても、日本選手の活躍は明るいニュースになる。