日本中が大谷翔平のMVP獲得に湧いた。投打「二刀流」の活躍はもちろん、その人間性も改めて絶賛された。数字には表れない言動も素晴らしかった。誰からも愛される人間性が、その魅力を一層輝かせる。

大谷がMVPに輝いた前日の18日、都内で重量挙げの三宅宏実が引退会見を行った。五輪に5大会連続出場し、銀と銅メダルを獲得した女子のパイオニア。彼女もまた、その人間性で愛された選手だった。

4度目の五輪となった16年リオデジャネイロ大会、競技直前に取材をした。練習後、10人ほどのメディアに囲まれると、腰痛をかかえながらも記者の目を見てていねいに質問に答えた。あくまで前向きに「頑張ります」と笑顔までみせた。

取材を終えて礼を言うと「こちらこそ、ありがとうございました」と頭を下げられた。さらに「環境も変わって体調を崩しやすいですから、みなさんも気をつけてください」と気遣われた。「神対応」だった。

プレスセンターへの帰り道、記者の一人が「メダルをとらせてあげたいな」とつぶやいた。「いい子だよね」「応援したくなる選手ですね」。初めて取材した記者もいたが、記者全員の思いは一致していた。

選手村で壁に手をつかなければ歩けないほど腰痛は悪化していた。満足に競技ができる状態ではなかったが、気力で銅メダルを獲得した。体の状態を考えれば奇跡的。記者たちが「よかった」と心から喜んだのは言うまでもない。

長い記者生活でも、これほどメディアに好かれた選手は思い出せない。もちろん、メディアだけではなかった。選手仲間から尊敬され、慕われた。関係者やファンからも愛された。常に謙虚で、礼儀正しく、周囲を思いやる。「誰からも応援される」存在だった。

どんな世界でも突出した存在になれば「アンチ」が生まれるもの。「アンチ」がいてこそ一流という考え方もある。しかし、三宅のことを悪く言う人を知らない。100人いたら100人が応援する稀有(けう)な存在だった。

三宅はライバルを問われると「自分自身」と答えていた。伯父の義信さんや父の義行さんが五輪メダリストで、特別に注目されてきた。重圧とともに「雑音」もあっただろう。

女子の重量挙げが珍しい時代、挑戦当初の周囲の反応はポジティブなものだけではなかった。「家系だけでは勝てない」「女子には無理」と批判もあった。それでも信念を貫き、逆境にもあきらめなかった。

誰からも愛されるからといって結果が残せるわけではない。ただ、新たな道を自分自身との戦いで切り開くために、周囲の助けは不可欠。コーチらスタッフの理解、ファンやメディアの応援は大きな力になる。

「二刀流」を極めようとしたとき、周囲の理解や応援を得られたのは「誰からも愛される」人間性があったからというのは言い過ぎだろうか。「見てみたい」「やらせてみよう」と受け入れてもらわなければ、偉業はなかった。

「女子の重量挙げ」を追求してきた三宅も、その人柄で周囲の理解を得て、応援する人を増やした。だからこそ女子重量挙げで日本初の五輪メダルも獲得できた。「人柄」が前人未到の道を進む助けになった。

大谷はMVP受賞で、まず周囲への感謝の言葉を口にした。21年間の競技人生を締めくくった三宅も、多くの人のサポートに感謝した。偉業を成すために周囲の理解や応援は必要。だからこそ「誰からも愛される」ことは成功への大きなカギにもなる。【荻島弘一】

(ニッカンスポーツ・コム/記者コラム「OGGIのOh! Olympic」)

エンゼルス大谷翔平(2021年10月3日撮影)
エンゼルス大谷翔平(2021年10月3日撮影)