トップとの差は173・44点。それでも何かを伝えようとする演技に、観客席で心を揺さぶられた。

21年1月29日、名古屋市ガイシプラザ。冬季国体のフィギュアスケート、成年男子フリー第1滑走は安江智広(19=石川)だった。

シンプルな黒の衣装にメガネ姿。映画「グレイテスト・ショーマン」の「ディス・イズ・ミー」を全身で表現した。トップ選手は4回転ジャンプを跳ぶが、安江の最高は2回転。全ての要素を入れられず、音楽が鳴り終わっても、スピンを続けた。フリーは7つのジャンプで構成されるが、この日は1つ足りなかった。

ショートプログラム(SP)は17・91点。フリーは29・99点を記録し、合計47・90点でいずれも最下位の24位だった。競技前に2人が棄権したことで、SPに臨んだ24人全員がフリーに進めることになっていた。

優勝した友野一希(大阪)が合計221・34点、世界トップのネーサン・チェン(米国)は同335・30点。比較しても、レベルの差は歴然だ。それでも安江は1つの使命を果たした。

「(成年男子で)石川県21年ぶり出場というのは、非常に誇らしい。出場できたのはとてもうれしく思いますが、結果があまり良くなかった。次の国体では、もう少し上の順位を目指して頑張りたいと思います」

羽生結弦(ANA)の五輪2連覇などで注目される男子だが、競技人口は女子に比べて圧倒的に少ない。エントリーが国体に出場できる16都道府県を満たさず、男子は成年、少年ともに予選会がなかった。国体は各県2人1組での出場。石川出身で愛知みずほ大4年の加賀谷厳行、安江がそろって参加資格を満たした。

安江は情報エンジニアを学ぶ専門学校1年生。スケートは中1の冬、遊びに行ったことがきっかけで始めた。週に2~3回のペースで滑り「(国体会場の)3分の1ぐらいの広さで練習しています」と明かした。

拠点とする金沢市内のリンクは通年営業ではない。夏場の3~4カ月は陸上の練習が中心となり、他県で合宿があれば、その時にようやく滑ることができる。

「正直、通年営業であれば毎日練習できる環境が整っているので、うらやましく感じることはあります」

スケートに対する真っすぐな心は、運命的な出会いをたぐり寄せた。憧れの選手は本田太一(22)。元世界ジュニア女王の真凜(19)らスケート一家の長男は、国体が現役最後の演技だった。SPの滑走後、少し話すことができたという。

「本田太一選手の(3季前のSP)『マンボ』を見て『かっこいいな』と思って今に至っています。(今大会での出会いは)偶然だと思います。本田選手に『頑張れ!』と言われて、僕も頑張ろうと思いました」

共に石川代表として演技した加賀谷も、本田と同じように、今春の大学卒業を機にスケートから離れる。

大きな1歩を踏み出した石川県にとって、厳しい状況は続く。それでも安江は社会人1~2年目まで現役生活を続ける意向を持つ。

「演技が始まってリンクに1人。会場のお客さん全員が1人の方向を向いて、物語を感じていただける。それが魅力だと思います」

スケートを愛する気持ちに、得点は関係ない。【松本航】(ニッカンスポーツ・コム/スポーツコラム「We Love Sports」)

◆松本航(まつもと・わたる)1991年(平3)3月17日、兵庫・宝塚市生まれ。武庫荘総合高、大体大ではラグビー部に所属。13年10月に日刊スポーツ大阪本社へ入社し、プロ野球阪神担当。15年11月からは西日本の五輪競技やラグビーが中心。18年ピョンチャン(平昌)五輪ではフィギュアスケートとショートトラックを担当し、19年ラグビーW杯日本大会も取材。

2021年1月29日、演技する石川・安江智広(代表撮影)
2021年1月29日、演技する石川・安江智広(代表撮影)