柔道の世界選手権第7日が12日、ブダペストで行われ、18年世界選手権女子78キロ超級金メダルの朝比奈沙羅(24=ビッグツリー)と20年全日本女子選手権覇者の冨田若春(24=コマツ)との決勝で“名シーン”が生まれた。

両者指導2で迎えた延長5分36秒。朝比奈が10センチ低い166センチの冨田の一本背負いをいなした瞬間、相手が倒れ込んで左膝を両手で押さえたまま起き上がれなくなった。主審は冨田が技をかけたようなふりをして時間を稼ぐ「掛け逃げ」と判定。3つ目の指導を出して、朝比奈の2大会ぶり2度目の世界一が決まった。

主審は冨田に立つように促したが、なかなか起き上がれず。何とか礼を終えると朝比奈がすぐに駆け寄って、102キロの冨田を背負って畳を下りた。観客からは盛大な拍手が送られ、朝比奈はそのまま試合場外まで担いで、走ってトレーナーらを探した。

日本代表は「日本人対決」となった場合、畳横のコーチ席に公平性の観点から誰も座らないのが決まりとなっている。この日も空席だった。もしコーチらが座っていれば、畳から下りた後は肩を貸せたが、今回は選手がその役目を果たした。

表彰式後、朝比奈は冨田を背負ったことに関して「彼女は日本チームの一員だし、痛がっているまま置き去りにはできない。おぶったことが正しい選択かは分からないけど、一緒に畳に礼をして出るのは、相手として必要最低限やることだと思った」と説明した。

昨春に独協医大医学部に入学し、医学生と柔道家の二足のわらじを履く。勉強と競技の両立に励むが、昨年12月の全日本女子選手権では初戦の2回戦で高校生に敗退。今年4月の全日本選抜体重別選手権は肋骨(ろっこつ)骨折により欠場した。東京五輪代表補欠でもあり、全日本柔道連盟の強化委員会から稽古不足を懸念する厳しい声なども出た。己の道を歩み続け、一部から批判されているのも承知の上で、現実を受け止め4度目の世界選手権は「結果で見返す」と強く心に決めて臨んだ。

王座奪還を果たした「闘う医学生」は表彰式でも笑顔はなく、その場にいない冨田のことを思って心配そうな表情を見せた。世界最高峰の舞台で、仲間でありライバルを気遣う姿勢。24歳の柔道家が勝負だけでない柔道の素晴らしさを体現し、決勝はその優しい人柄も垣間見られた名場面となった。約9000キロ離れた日本から試合映像を見ていて、温かい気持ちになった。【峯岸佑樹】(ニッカンスポーツ・コム/スポーツコラム「We Love Sports」)

女子78キロ超級で優勝し、表彰台で金メダルを手にする朝比奈沙羅(国際柔道連盟提供・共同)
女子78キロ超級で優勝し、表彰台で金メダルを手にする朝比奈沙羅(国際柔道連盟提供・共同)
女子78 キロ 超級決勝 冨田若春(左)を破り優勝した朝比奈沙羅(国際柔道連盟提供・共同)
女子78 キロ 超級決勝 冨田若春(左)を破り優勝した朝比奈沙羅(国際柔道連盟提供・共同)