懐かしい名前を久しぶりに聞いた。「小出さんが言うんです…」。引き込まれるように拓大女子陸上競技部の五十嵐利治監督(40)の話を聞いた。1月16日は京都へ。全国都道府県対抗女子駅伝で、群馬の不破聖衣来(18)が区間新&13人抜きの快走。日本陸上界の新星を拓大で教えるのが五十嵐監督だ。かつて佐倉アスリート倶楽部で小出義雄さんに師事した4年間が、指導の根幹になっている。

大学1年生の不破に、あるとき伝えた。「走ることが好きじゃないと強くなれないよ。Qちゃんも走ることがすごく好きだった」。19年に他界した小出さんの言葉だ。Qちゃん、とは高橋尚子さん。師弟として00年シドニー五輪で金メダルに輝いた。五十嵐監督も「聖衣来も走るのが好きで。雨の日でも何でも、練習を休みたがらない」と笑う。

そんな不破の思いを、レース後、知った。感想を問われ「高校の後輩のアイちゃんにタスキをつなげたのが楽しかった」と笑った。4区を激走して5区の山田愛へ。高崎健康福祉大高崎高の1年後輩だ。本番前、不破は山田に話しかけた。

「高校のときに学校で都大路を走ることがかなわなかったし、リベンジみたいな感じで今回(タスキを)つなげることになったので、お互い、力になるね」

柔らかい語り口のなかに高校3年間の悔しさがにじむ。そう、あどけなさにだまされてはいけない。レースでは野性をむき出しにする。今大会も腕時計をつけずに走った。普通は1キロごとのラップタイムからペースを把握するが、不破は違う。「タイムを気にしすぎてペースが乱れたりするのが好きじゃない。大会になったらペースを気にせず、そのときの感覚でいこうと決めていて。行くしかないって感じで走ってます」。昨秋の駅伝でも、1万メートルで日本歴代2位の30分45秒21を出したレースでも時計をつけなかった。設定タイムにとらわれず、全力を出し切るのだ。指揮官も言う。

「駅伝で時計をつけずに走る子はあまりいません。普通、オーバーペースを心配する。聖衣来はそのときに出せる100%を出すことに集中する。ある意味、タイムは関係ないんです」

脈拍1分間30台、屈強な体幹以外にも、強さの秘密を見た。身についたペース感覚、そして勝負に徹する姿勢もまた彼女の魅力だ。

私は大学時代、箱根駅伝を目指した。出場できなかったが、小出さんの著書をむさぼるように読んだ。登山の話が印象深い。人はどうやって頂上に登るか。ロープウエーで上がれば早く着くけど、どんな山か分からない。登山道を1歩ずつ歩けば、遅いけれど咲く花や飛ぶ鳥を見つけ、本当の山の姿を知る。日々を重ねていくことでしか強くなれない、長距離走の本質に触れた。

群馬は上位争いを予想されたが、17位に終わった。後輩へのメッセージを求められた不破は言う。「私も今回は区間賞をとれたけど高校1年生のころは区間20番台で出遅れてしまったり、たくさん迷惑も掛けてきた。今回の結果がすべてではない。この経験を生かして、ステップアップしてほしい」。19年1区28位、20年4区13位…。着実に1歩を刻み、いまがある。不破はいま、山のどのあたりにいるのだろう。周りが止まって見える衝撃の走りに触れ、ふと、そんなことを考えた。【酒井俊作】

全日本大学女子選抜駅伝 レース後、高橋尚子さん(左)と笑顔を見せる拓大・不破(撮影・江口和貴)=2021年12月30日
全日本大学女子選抜駅伝 レース後、高橋尚子さん(左)と笑顔を見せる拓大・不破(撮影・江口和貴)=2021年12月30日