この選手の精神は、こんな時も変わらないのだなと思った。

7日に開催されたボクシングのWBAスーパー、WBC、IBF世界バンタム級王座統一戦12回戦。「モンスター」井上尚弥(大橋)と拳をまじえたノニト・ドネア(39=フィリピン)。

2年7カ月ぶり再戦は現地ではなく、アマゾン・プライムでの視聴となったが、目を見張ったのは井上の2回TKOの後だった。

顔面を赤くはらし、涙も浮かべた表情で、花道を引き揚げていくドネア。たたえる観客の声に丁寧に何度もお辞儀をする。それだけでも、人間としての素晴らしさを感じていたのに、その後だった。

右隣を並走していた黒服のスタッフが何かにつまずいて前のめりに転倒した。その姿を見ると、すぐに腰を折って抱きかかえにいく姿が映った。

試合直後、それも一方的な負け方。ダメージもある。5階級王者の誇りもあっただろう。心中察するにあまりある。その中でも、間髪入れずに助けにいった姿に胸が熱くなった。

以前、ボクシング担当をしていた2017年頃は、2人が試合をすることになるとは思わなかった。当時、井上の初の米国での試合を控え、アジア人として、そして軽量級で米国でスーパースターになったドネアに話を聞く機会をもらった。

「イノウエはパッキャオと比べられるだろう。それは彼にとって良いことだよ」

「彼はKOを狙うと言っているけど、それはプレッシャーになる。精神的にも緊張を強いると思う。狙わなくても彼のスピード、パワーがあれば倒せる。KOにこだわらず自分の作戦、試合に集中すれば自然とKO勝ちになる」

聞いていて、お世辞とは思えなかった。井上のすごさを感じ取り、敬意を持って応えてくれたと思った。しかも、取材時間を押してまで、貴重な言葉をくれた。

その直前には、ボクシングの「聖地」後楽園ホールでの、丁寧なファン対応も目撃していた。サイン会の長蛇の列に「多くの日本のファンに会えたことがうれしかった。心から応援してくれている気持ちが伝わり、感動しました」と感謝。1人1人の目を見て、サインする姿が印象的だった。

ドネアが花道を去った後、井上はリング上で言った。「ドネアがいたからこそ、自分はバンタム級で輝けた。本当にドネアには感謝したいと思います」

最高の賛辞であり、互いの敬意があったからこそ、この日の試合は生まれたのだろう。ドネアの言動と、その言葉が重なり、この試合の価値をより深く感じた。【阿部健吾】

1回、ドネア(左)の左フックを受ける井上尚(撮影・河田真司)
1回、ドネア(左)の左フックを受ける井上尚(撮影・河田真司)